高齢母と長男が暮らす「千代田区の一軒家」
今回の相談者は、50代の大学教員の坂本さんです。現在80代となった母親の相続の件で相談があるということで、筆者の元を訪れました。
坂本さんの母親の相続人は、長男の坂本さんと、二男・三男の2人の弟の合計3人です。父親は30年以上前に亡くなっています。二男と三男は、大学卒業後すぐ家を出て結婚しましたが、坂本さんは実家にとどまり、研究者として働きながら、体の弱い両親の面倒を見ていました。
坂本さんの実家は千代田区の一等地にあり、母親が祖父から相続したものだそうです。
「じつは、母が80歳になってから、弟2人に相続についてあれこれといってくるようになったんです…」
いまは坂本さんが母親と二人で暮らしている家ですが、母親が亡くなったあとの家をどうするかで、2人の弟たちがことあるごとにけん制ともとれる発言を繰り返し、ウンザリしているといいます。
「弟たちは、体の悪い両親の面倒を長男の私に押し付け、知らん顔を決め込んだのです。父が亡くなって寂しい思いをしている母のところに顔も出さず、母が病気をしたときにお見舞いにも来ません。それなのに、母が健在のうちから、遺産の心配をするとは…」
「自宅は同居の長男に、二男・三男には預貯金を…」
筆者と提携先の税理士は日を改め、坂本さんと坂本さんの母親・典子さんと打ち合わせの機会をもうけました。
典子さんは80歳を過ぎ、これまで数回の入院も経験していると聞きましたが、若々しい印象で、言葉も明瞭でした。
「私も主人も病気がちで、長男には苦労を掛けてしまいました…」
典子さんはこれまでの家族の歴史について一通り説明したあと、自分なきあとの遺産の分配について口にしました。
「自宅は同居してくれている長男に残して、二男と三男には預貯金を分けてもらおうと思います」
その言葉を聞き、筆者と税理士は、典子さんに遺言書の作成をお勧めすることにしました。遺言に「不動産は長男に相続させる」と書いてもらえば、坂本さんは今までどおり自宅に住み続けることができます。
しかし、じつはまだ課題がありました。典子さんの財産の大部分は自宅不動産です。それを坂本さんが相続すると、2人の弟に預貯金の全額を相続させても、遺留分を侵害してしまうのです。もしこれから典子さんが入院したり、要介護になったりしたら、さらに預貯金が減ってしまうかもしれません。
心配する典子さんに、税理士が説明しました。
「遺言で不動産の所有を決めておけば、もめごとになり、遺産分割協議ができずに大切なご自宅を売却して分配するような、最悪の事態は避けられます。遺言書があり、遺言執行者が指定されていれば、ほかの相続人の協力なしで手続きができるので、坂本さんがご自宅を出なければならないといった事態は回避できるのです」
筆者も、税理士の説明を補足しました。
「同居されている自宅不動産は、遺言で相続する人を指定できますし、遺言があれば法定割合の半分の遺留分になりますから、弟さんたちの代償金に必要な現金も少なくできますよ」
税理士と筆者の説明を聞いた坂本さんは、重い口を開きました。
「おそらく弟たちは、遺留分侵害額請求をしてくるでしょう。母の預貯金だけではなく、私も代償金のために、いまから自分の預貯金を準備しておきたいと思います」
「1軒の自宅」を3人の相続人でどう分けるのか
その後、坂本さんと母親の典子さんは、無事に公証役場で公正証書遺言を作成しました。
「自宅は、ずっと一緒に暮してくれて、お墓も守ってくれる長男に残してやりたいのです。二男と三男は、若いときから自由に過ごしてきたのですから、現金だけで納得してもらいたい」
無事に手続きが完了したあと、坂本さんと母親の典子さんは、笑顔で筆者の事務所をあとにしました。
相続財産のうち、自宅の比重が最も大きいというケースは非常に多くあります。複数の相続人で均等に分けるなら、共有状態にするか売却しか手はありません。それで全員が納得するのであれば問題はないのですが、今回の坂本さんのように、ずっと同居して親の面倒を見てきた相続人がいるなどの事情がある場合は、遺産を残す側が事前によく考え、対策を取っておくことが大切なのです。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。