パワハラの裁判事例:個の侵害型
継続的な監視などは、「個の侵害」としてパワハラの1類型であるとされています。この類型に該当する事例は、次のとおりです。
部下の生活範囲に対する上司の関与が不法行為にあたるとされた事例
Xが賃借していた物件について、物件オーナーであるAから明け渡しを求められたものの、Xが応じなかったことから、Aは知人であったXの勤務先の専務Yへ相談し、YがXに対し、左遷の可能性をほのめかしつつ執拗に物件の明け渡しを迫った事例です(※15)。
※15・参考 厚生労働省:【第42回】 「部下の私的な生活範囲に対する会社上司の関与が不法行為にあたると判断された事案」 ― ダイエー事件
この事例において、裁判所は、Yに対しXに慰謝料30万円の支払いを命じられ、Yと会社が連帯して、損害賠償責任を負うことと判断されています。
拒否を明示していないが、拒否が困難だったとして不法行為と判断された事例
化粧品販売会社の社員であった60代女性であるXが、研修会において易者姿にうさぎの耳形カチューシャのコスチューム等を着用させられました。
後日上司らが別の研修会で、コスチュームを着用したまま発表する原告の姿が映し出されたスライドを原告の同意なくほかの従業員らに見せたことなどから、精神的苦痛を被ったとして、上司らおよび会社に対して慰謝料の支払いを求めた事案です(※16)。
※16・参考 厚生労働省:【第11回】「明示的に拒否の態度を示していなくとも拒否することは非常に困難だったとして不法行為と判断された事案」 ― カネボウ化粧品販売事件
この事例において、裁判所は、参加が義務付けられている研修会において、上司らがコスチューム着用の罰ゲームを予定していながら罰ゲーム対象者である原告に意思を確認せず、原告がコスチューム着用について予想したり覚悟したりする機会のないまま突如コスチューム着用を求めたのであって、仮にコスチューム着用が強制ではなかったとしても着用を拒否することは非常に困難であったことから、上司らと会社に対して慰謝料20万円の支払いが命じられています。
会社が講じるべきパワハラ防止策
社内でパワハラが起きると、行為者のみならず、会社としても損害賠償責任を負う可能性があります。会社が講じるべき主なパワハラ防止策には次のものがあります。
■パワハラへの懲戒処分について就業規則を整備する
万が一社内でパワハラが起きた際に備え、パワハラの行為者に対しては厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等に規定し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発しておきましょう。これにより、いざパワハラが起きた場合の懲戒対応がスムーズとなるうえ、パワハラへの抑止力も期待できます。
■パワハラ相談窓口を設置する
社内にパワハラ相談窓口を設置し、パワハラが起きた際に相談を受けられる体制を整えておきましょう。相談があったことを理由に、相談者に対して減給や降格など、不利益な取り扱いをすることは法律で禁止されています。そのため、相談をしたからと言って会社から不利益な取り扱いを受けることはないと相談者に伝えるよう、相談窓口の担当者などに指導しておくことも重要です。
■パワハラ研修を実施する
従業員に対して、定期的にパワハラ研修を実施しましょう。上述のとおり、パワハラの定義は抽象的であり、具体的になにがパワハラにあたるのかわからずにパワハラに該当する行為をしてしまう従業員が出てくる可能性があります。
また、社内の雰囲気から、パワハラが許されるのではないかと誤解している従業員がいるかもしれません。そこで、パワハラ研修を通とおして、パワハラに対する会社の方針や相談窓口の利用ができることなど、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発しましょう。定期的な研修の開催により、自身の行為がパワハラであるとの認識がないままパワハラを行ってしまう事態を防ぐことにつながるほか、パワハラを抑止したいとの会社の姿勢も明確となります。
■弁護士へすぐに相談できる対策を講じておく
パワハラが起きてしまった場合に備え、すぐに弁護士へ相談できる体制を整えておくとよいでしょう。早期に弁護士へ相談することで、会社が適切な対応をとりやすくなります。
まとめ
パワハラを放置すると、職場環境が悪化し、従業員の職務遂行能力が十分に発揮されず、ひいては業績の悪化につながるおそれがあります。また、パワハラの噂が世間に広がると、ブラック企業と言われ、経営上のリスクに発展する可能性もあります。過去の事例を知ることで、自社での対策に役立てましょう。パワハラ問題でお困りの際や、自社でパワハラ防止策を講じたい場合などには、お近くの弁護士までご相談ください。
西尾 公伸
Authense法律事務所
弁護士