電磁パルス攻撃は電子機器に致命的な打撃
■中国人民解放軍の「マイクロ波兵器」
2020年6月の中印の衝突については、イギリスの『タイムズ』紙(電子版、2020年11月17日付)も〈中国、マイクロ波兵器使用か インド軍否定〉という記事を報じている。
記事によると、中国人民大学国際関係学院の金燦栄副院長は講演の席で、標高5600mの地点にあるインド北部のカシミール地方のガルワン渓谷で、解放軍が8月29日にマイクロ波兵器を使用し、インド軍を山頂の陣地から撤退させたと発言した。金氏によれば、「この攻撃により、15分で山頂を占領していた全員がおう吐し、逃げた」とされる。
この報道について、インド政府が否定している理由は明らかではないが、中国政府は「ノーコメント」を貫いている。香港での報道などをみると、どうやら中国のマイクロ波兵器は実戦で利用できる段階まで進んだ可能性が高い。
マイクロ波を利用した対人兵器システムは、もともと米国企業が暴動鎮圧用に「非致死性兵器」として開発したもので、米軍はアフガンとの対立で短期間戦地へもちこんだが、使用しなかったとも言われている。
マイクロ波は、電子レンジや携帯電話に利用されることで知られているが、専門家によれば、95ギガヘルツのマイクロ波を照射されると、一瞬で皮膚表層が熱くなり、やけどこそしないものの、皮膚細胞の水分が沸騰して苦痛を与えるという。
また、1~6ギガヘルツのマイクロ波に長時間晒されると、人間の体内に到達して脳や内臓にダメージを与え、頭痛、吐き気、記憶障害、激しい倦怠感などを引き起こすという。微弱なため、当初は自覚症状がなく、外傷も残さないのが特徴だ。兵器化にあたっては、その出力と条件を研究することが課題だともされる。
指向性エネルギー兵器(DEW:Directed-Energy Weapon)とは、レーザー、メーザー波、マイクロ波、素粒子エネルギー、電子ビーム、音響など、多種にわたるエネルギーを使用して、目標物や人間に対して直接照射し、破壊したり機能を停止させたりする兵器だ。現在も研究開発の段階にあるとはいうものの、技術の進歩と投資の増加により、2027年までに、世界の指向性エネルギー兵器市場は大幅な拡大がみこまれている。
■電磁パルス(EMP:Electromagnetic Pulse)攻撃とは
EMP攻撃とは、核爆発などにより強力な電磁波(ガンマ線など)を発生させることで、電子機器に過負荷をかけ、誤作動を発生させ、破壊することを目的とした攻撃である。EMP攻撃は、パソコン、電車、飛行機、自動車、電力網、通信網、衛星通信、電気制御された水道やガスのインフラなど、対象地域のすべての電子機器に致命的な打撃をもたらす。
核EMP攻撃は、高高度で核爆発をおこなうことにより、地上で人体に有害な影響(爆風、熱、降下物による被害)は発生しないが、電子機器に致命的な被害を引き起こすため、敵の防衛力を低下させる比較的簡単な手段であるとみなされている。このため、中国、ロシアなどは、核EMP攻撃は核攻撃ではないと主張している点が厄介である。
以下、EMP攻撃について、EMP研究で有名なピーター・プライ博士の報告書「核EMP攻撃シナリオと諸兵種連合サイバー戦」の内容を紹介する。
プライ博士によると、EMP攻撃は、技術的および運用上、核兵器のもっとも簡単で、もっともリスクが少なく、もっとも効果的な使用法だという。中国、ロシア、そしておそらく北朝鮮はEMP兵器をもっている。それに対して、米国には核によるEMP兵器はないことになっている。
日本は核兵器をもたないから、当然ながら核EMP攻撃能力をもたない。このため、EMP攻撃の面でも日中の差は歴然としていて、将来、日中紛争が発生した場合、紛争の早い段階で中国からのEMP攻撃を覚悟せざるを得ず、難しい対応を余儀なくされるだろう。