(※写真はイメージです/PIXTA)

コロナ禍で始まり、ウクライナ侵攻で加速した物価高騰に対抗するため、欧米では利上げを断行し、金融引き締めによって資金のダブつきを解消する政策を打ち出しました。資金のダブつきが解消されれば、物価高騰も落ち着いていきます。ジャーナリストの田村秀男氏が著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

欧米の利上げで物価高騰も落ち着いていく

実態としての需給関係がはいり込む隙は小さく、マインドが大きく市場を左右するわけです。いい例が株式市場で、不況だというなかでも株価だけは上がりつづける現象は、日本でも起きていることです。実体経済に資金が流れてこないために不況が続き、その代わりに金融市場に資金が流れているので株式市場も好調になるというわけです。

 

金融市場に資金がはいってくる要因が期待で、「あの企業、あの業界に投資すれば儲かるらしい」というマインドで資金が流れ込んできて、相場を引き上げていきます。それが激しい場合が投機ということになります。

 

ロシアによるウクライナ侵攻は世界を揺り動かすビッグ・イベントであり、色々な思惑が入り乱れ、さまざまなマインドが形成されていく状況になりました。つまり、絶好の投機チャンスなのです。ウクライナ侵攻にかぎらず、いつの時代にも、戦争は絶好の投機チャンスであり、それを利用して大儲けする人もたくさんいました。

 

ウクライナ侵攻も投機の絶好のチャンスです。しかも金融緩和で資金はダブついていて、コロナ禍でのマネタリーベースはリーマン・ショックを上回るものですから、資金は潤沢にあります。この機会に利益を得ようとする動きがあったとしても、不思議でもなんでもありません。

 

ウクライナ侵攻が国際商品の高騰に、そして物価高騰に拍車をかけたことは事実です。しかし自然にそうなったというよりも、むしろ「人為的」なものが大きいのです。

 

■金融緩和も収束に向かう

 

ウクライナ侵攻が長引くことになれば、投機チャンスは形を変えながら続く可能性もありますが、そう単純にはいきません。

 

2022年6月8日に国連は、「ウクライナ戦争の影響。数十億人が一世代における最大の生活費危機に直面」と題した報告書を発表しています。ロシアによるウクライナ侵攻で途上国など世界94ヶ国の16億人が食料、エネルギー、金融の三分野のいずれかで深刻な危機にさらされているという内容です。繰り返しますが、これはウクライナ侵攻だけが原因ではありません。しかし、食料などで世界の多くの人たちが深刻な危機にさらされているのは事実です。

 

米国やヨーロッパの政府や中央銀行も、これを放っておくわけにはいきません。放っておけば危機はさらに深刻になり、不満を募らせた人たちが暴動を起こしかねず、世界的な暴動に発展する可能性も否定できなくなります。

 

国連の報告書では、ロシアによる黒海封鎖で滞っているウクライナ産の穀物輸出の問題が足元の焦点だと指摘しています。国連報告書が発表された8日には、早くもロシアとトルコの外相が、ウクライナ発の船舶が安全に運航するための回廊を国連とともに設ける案などを協議しています。ロシアとトルコの会談になっていますが、裏には米国やヨーロッパ各国の動きがあることは言うまでもありません。

 

協議の結果8月11日、ウクライナからの穀物輸出を再開する貨物船の第一便がトルコで積み荷の一部を降ろし、その後エジプトに向かっています。

 

一方、EU(ヨーロッパ連合)は首脳会議で6月1日、ロシアに港を封鎖されて輸出できなくなっているウクライナ産穀物を、陸路でEU域内に運び、輸出するとり組みを加速させることなどを合意しました。

 

陸路で運ぶとなると鉄道を利用することになります。船積み用の荷を鉄道用に積み替える作業が必要ですし、鉄道で運べる量と船で運べる量は格段に違いますから、輸送コストとして跳ね返ってくることになります。第一、ウクライナとEUでは線路の幅が違うので、そう簡単な問題ではありません。

 

米国やヨーロッパ各国の政府や中央銀行は、そういうことが根本的な解決につながらないことは理解しています。結局は、金融の問題であることを知っているからです。

 

だからウクライナ産穀物を陸路で運ぶという耳目を集めやすいことをすすめる一方で、金融でも手を打っています。

 

2022年5月3日と4日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)でFRBは、0.5パーセントという大幅な利上げ(政策金利引き上げ)と量的引き締め(保有資産の圧縮)という両方での金融引き締めを決定しました。FOMCはFRBの議長ら7人の理事と、ニューヨーク連銀総裁ら5人の地区連銀総裁の計12人で構成する金融政策決定機関です。

 

さらに6月15日にFRBは、さらに金利を0.75パーセント引き上げて、1.50〜1.75パーセントの範囲にすると発表しています。これは、27年ぶりとなる大幅な利上げでした。続いて7月にもやはり0.75パーセント幅で追加利上げに踏み切りました。

 

6月9日には欧州中央銀行(ECB)も、金融政策を議論する定例理事会を開き、量的緩和策を7月1日に終了することを決めました。さらに、7月21日の会合で0.5パーセントの利上げに踏み切りました。2011年以来11年ぶりとなる利上げです。

 

資金のダブつきを止める動きが始まったわけです。コロナ禍で始まり、ウクライナ侵攻で加速した物価高騰に対抗するためですが、それには金融引き締めによって資金のダブつきを解消することが必要だと判断したからです。資金のダブつきが解消されれば、投機の動きも収まり、物価高騰も落ち着いていくはずです。

 

田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員

 

 

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本連載は田村秀男氏の著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)より一部を抜粋し、再編集したものです。

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