「滴滴」株価暴落は米中のどっちがダメージか
ところが、ITネット・サービス関連を中心にした中国企業のアメリカ市場上場意欲は旺盛です。ロンドンの金融データ企業、リフィニティブによれば、中国企業のアメリカ市場IPОによる資金調達額は2010年以降2021年6月までで約800億ドルで、2020年の年間調達額は120億ドルでしたが、2021年前半だけで34社、125億ドルに上ります。
勿論、習政権は徹底的な情報公開を迫られるアメリカ市場への新規上場を警戒したのでしょうが、止められなかったようです。手っ取り早く、ほぼゼロコストの巨額ドル資金を手中にできるアメリカでのIPОの魅力は、ドルに頼って人民元を発行する中国の通貨金融システムにとって抗しがたいのです。
もともと、中国当局は建前上、外国の株式市場への新規上場を制限していることになっていますが、VIE(変動持ち分事業体)スキームという抜け道を容認してきました。
VIEスキームとは、国内企業が海外に持ち株会社を設立し、持ち株会社に投資する外国人株主が国内企業に直接出資しなくても、一連の契約を通じて国内企業の株主とほぼ同等の権利を保有できるという仕掛けです。
中国企業が海外で上場するケースの大半は、ペーパーカンパニーを英領ケイマン諸島など、タックスヘイブン(租税回避地)に設立し、中国の事業会社をVIEスキームにより支配下に入れ、ペーパーカンパニーをアメリカ市場に上場させています。
勿論、このプロセスには巨額の利権が発生し、党実力者がからんでいます。習政権としてはこれらの既得権益の温床であるVIEを一挙に禁止しようとすれば、党長老グループなどから激しい反発を受けるでしょう。
習政権の対応はIPОの直接規制よりも、データ安全保障に着目しました。
2021年6月10日の全国人民代表大会(全人代)常務委員会が「データ安全法」を可決し、9月1日から施行することにしたのです。同法には、個人や企業などによるデータの収集、加工などが「国家安全保障、公共、個人や組織の利益を害してはならない」とあります。当局のデータ調査には、企業に協力義務を課します。
さらに、データの国外持ち出しを制限する2017年施行の「インターネット安全法」に続き、個人情報の国外持ち出しを禁じる「個人情報保護法」も全人代常務委員会で可決され、11月1日から施行されます。
また7月2日、中国・国家インターネット情報弁公室(CAC)はホームページで、ネットによる配車サービス大手の滴滴出行(DiDi)に対するネットワークセキュリティ調査を実施すると発表しました。4日、検査・確認の結果、「滴滴出行のアプリは違法に個人情報を収集・使用しており、重大な問題がある」とし、サイバーセキュリティ法の規定に基づいて、滴滴出行のアプリを削除するよう通知したのです。
中国共産党の機関紙『人民日報』傘下の対外情宣メディア『環球時報』は7月4日付社説で、〈巨大インターネット企業に、国家よりも詳細な中国人の個人情報データベースを掌握させることも、それを許可なく利用できる権利を与えるべきではない。滴滴出行のようにアメリカで上場し、主要株主の第一位、第二位を外国企業が占めるような企業に対しては、国は、情報安全についての管理監督をより厳格にすべきだ。〉と宣言しました。
続いて7月6日、中国共産党と政府は連名で出した文書で「中国企業の海外上場に関する規定を改正する」と表明しました。VIEという抜け穴封じも辞さないとの示唆です。
これは党内の反対勢力を抑える習近平本人による脅しですが、本当にそうするか見物ですね。VIEの廃止は中国企業の海外上場を自ら閉ざすので、外貨獲得面ではマイナス効果しかありません。
こうした動きを受け、7月6日のニューヨーク株式市場で、中国のIT企業の3月以来の株価下落が加速し、7月26日時点でアメリカ上場中国企業の時価総額7690億ドル(日本円換算約84兆円)が5ヶ月間で吹っ飛ぶという「滴滴ショック」が起きました。
中国のインターネット規制当局はそれに追い討ちをかけるように7月10日、海外に上場を予定する中国企業に関し、個人情報登録ユーザー数が100万人超の場合は当局が審査すると発表しました。