ウクライナ侵攻によって、より独裁者としての色を強めた現ロシア大統領のウラジーミル・ウラジーミロビッチ・プーチン。世界中から批判を受ける彼が大統領に居座り続けられるのはなぜなのでしょうか。大統領就任前からプーチンを追う元外交官で作家の佐藤優氏が、現地でみた「ロシアの教育」と「ロシア人の政治に対する捉え方」を解説します。
「政権を支持している」…模範解答を丸暗記させる教育
さらに、プーチンは国家統合を強化するためのシンボル操作を行った。
〈ロシアの国家シンボルの問題をめぐる無益な争いは、約10年にわたって続いていた。プーチン大統領は、様々な社会階層の立場を近づける妥協案を提示した。2000年12月に国家会議(下院)は、ロシアの国家シンボルに関する法律を採択した。白・青・赤の3色旗と双頭の鷲の紋章は、ロシア千年の歴史を想起させるものである。大祖国戦争におけるわが国民の勝利の赤旗は軍旗となった。ソ連国歌のメロディーにのせられたロシア国歌は、世代の統一と、わが国の過去と現在、未来の不可分な結びつきを象徴している。(中略)V・V・プーチン新大統領の活動は、社会の賛同を得た。大統領の最初の任期終了までに、ロシア国民の約80%がプーチン大統領を支持した〉
この教科書には課題がついている。たとえばこんな内容だ。
〈社会的・政治的安定の達成は、過去2年間のもっとも重要な成功のひとつと認識されています。なぜ現代ロシア社会がそれほど強く安定を求めているのか、クラスで議論しましょう。安定は何によってもたらされますか。何のために安定が必要なのか、改革の成功のためなのか、あるいは改革から徐々に脱却するためなのか、考えましょう。大統領と政府は、この問題に対してどのような立場をとっていますか。本文中やマスメディアの資料を用いましょう〉
ロシア人は、6〜7歳の子どもでも本音と建て前の区別がつく。〈何のために安定が必要なのか、改革の成功のためなのか、あるいは改革から徐々に脱却するためなのか、考えましょう〉という設問に対して、「改革から徐々に脱却するためです」という間抜けた答えをする生徒は一人もいない。
そもそも義務教育段階では、「教育とは暗記なり」というのがロシア人の常識だ。教師が提示する模範解答を丸暗記する。
「真の改革のためには、秩序と安定が必要だ。プーチン大統領と政府は、ロシアの国家体制(государственность、ゴスダルストベンノスチ)を強化するために全力を尽くしている。この路線を国民も支持している」
これが模範解答だ。現実問題として、ロシア人はプーチン政権の現状を(消極的にではあるが)支持している。ロシア人にとってそもそも政治とは悪だ。政治における最大の悪とは何か。スターリンのように政治・経済・文化だけでなく、人間の魂までも支配しようとする独裁者が現れることだ。
他方、政治指導者が弱く、国内が混乱することも、ロシア人の考える巨悪だ。そう考えると、ゴルバチョフのペレストロイカやエリツィンの改革も巨悪なのである。
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作家・元外務省主任分析官・同志社大学神学部客員教授(学長特別顧問、東京担当)
1960年、東京都生まれ、同志社大学神学部卒、同志社大学大学院神学研究科修了(神学修士)。1985年に外務省入省。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、その後、モスクワの日本国大使館、東京の外務省国際情報局に勤務。2002年5月に鈴木宗男事件に連座し、東京地検特捜部に逮捕、起訴され、無罪主張をし、争うも2009年6月に執行猶予付き有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。『国家の罠』『自壊する帝国』『交渉術』などの作品がある。
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連載独裁者プーチンの野望…仮面の下に隠された素顔を佐藤優が暴く