ウクライナ侵攻によって、より独裁者としての色を強めた現ロシア大統領のウラジーミル・ウラジーミロビッチ・プーチン。「死神」と揶揄される政治家としての顔とは別に、ひとりの人間として時折見せる彼の二面性と、ソ連崩壊後のロシアの「リアル」について、元外務省主任分析官で作家・同志社大学神学部客員教授の佐藤優氏が自身の体験を振り返ります。

ソ共同宣言明文化の交渉で見せた「死神」の顔

2000年9月4日、赤坂の迎賓館で鈴木宗男氏はプーチン大統領と再び会っている(※)。通訳は私が務めた。この日午前の首脳会談で、プーチン大統領は森総理に「私は(1956年日ソ共同)宣言を認める立場だ。この宣言を否定した過去の経緯もあったが、私はそういう考え方はとらない。これまでのすべてを礎石として、これから議論していくことに異論はない」と言った。

※前回記事『「死神」と恐れられる独裁者・プーチン…日本の政治家にみせた意外な素顔』参照:https://gentosha-go.com/articles/-/46085

 

1956年の日ソ共同宣言第9項後段で、ソ連は平和条約締結後の歯舞群島、色丹島の引き渡しを約束した。しかし、1960年の日米安全保障条約締結に際して「日本領土からの全外国軍隊の撤退」という新たな条件をつけてきた。

 

その後、ソ連首脳は、ブレジネフ書記長はもとより、ゴルバチョフ大統領も56年共同宣言の有効性を認めていない。ソ連体制と決別したエリツィン大統領ですら、細川護熙総理が数回確認を求めたにもかかわらず、首脳会談においては56年共同宣言の有効性を明示的には認めなかった。56年宣言の有効性を認めると約束したのは、プーチンが初めてだ。

 

会談終了後、鈴木氏の携帯電話が鳴った。森総理からだ。

 

「56年共同宣言については、向こう側から言ってきた。ただし、まだ紙にするつもりはないみたいだ。鈴木さん、何とか今回紙にするように働きかけてもらえないだろうか」

 

「全力をあげてやってみます」

 

午後の会談が終わり、晩餐会に移るまでの間に鈴木氏とプーチン大統領の単独会談が約30分行われた。

 

「プーチン大統領、56年共同宣言を歴代首脳で初めて認められたことを私たちは高く評価しています。ぜひ、それを文書にまとめていただきたいと思います」

 

プーチンは少し考えてから答えた。

 

「この問題については、二つのアプローチがあります。まず、第一のアプローチは今回とりあえず目に見える成果を出せばいいと言って、文書を作ります。きちんと詰めないで文書にするので、双方の世論が沸き立つと解釈の違いが出てきて露日関係が袋小路に陥る危険があります。第二のアプローチは、56年共同宣言からどのような解決策ができるのかを、両国の専門家が閉ざされた扉の中で十分協議して、具体的展望が出たところで文書を作るというやり方です。どちらのやり方にしますか」

 

「わかりました。当然第二のアプローチです」

 

鈴木氏はそう答えてから私に「向こうがここまで言うんだから、ここはこのへんで引いておいたほうがいいな」と小声で問いかけた。私も「そう思います」と答えた。このときのプーチンの顔も死神のようだった。

 

会談終了後…プーチンがみせた「善の顔」

会談が終わり、会場から鈴木氏が出かけたところで、プーチンが私を呼び止めた。

 

「通訳をどうもありがとう。それから、鈴木先生にきちんと伝えておいてほしいのだけれど、スキーウェアをどうもありがとう。サイズもぴったりだった。妻も気に入っている」

 

私は少し大きな声で鈴木氏を呼び止め、プーチン大統領が述べた内容を伝えた。鈴木氏は「いや、すみません。気に入ってもらえるかどうか心配していました」と言って手を差し出すと、プーチンは「ありがとう(Спасибо、スパシーボ)」と言って握手した。このときのプーチンは、クレムリンで鈴木氏に見せたのと同じ表情をしていた(※)。

※2000年4月4日ロシア大統領府のクレムリンにて、鈴木宗男氏は総理特使として、直前に倒れた小渕恵三総理に代わりプーチン大統領と初会談。プーチン大統領が鈴木氏に対して「この席に小渕さんが座っているように思う」と話すなど、2人は意気投合した。

 

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    ※本記事は、佐藤優氏の著書『プーチンの野望』(潮新書)から一部を抜粋し、GGO編集部にて再編集したものです。

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    ロシアとウクライナの歴史、宗教、地政学、さらには外務官僚時代、若き日のプーチンに出会った著者だからこそ論及できるプーチンの内在的論理から、ウクライナ戦争勃発の理由を読み解き、停戦への道筋を示す。 〈戦争の興奮…

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