佐藤優がプーチンとの初対面で感じた「陰険さ」
モスクワの「赤の広場」から南に車で3〜4分のところに、灰色の柵で囲われたレンガ色14階建ての大きなビルがある。出入り口には警官が自動小銃をもって立っている。
ソ連時代、この建物には何の表示もなされていなかった。この建物はブレジネフ時代にノメンクラトゥーラ(特権階層)のために建てられたソ連共産党中央委員会専用の「オクチャブリ(10月)第二ホテル」だ。フィンランドの建設会社が建てたこのホテルは天井が高く、ホールが大理石貼りの準迎賓館だ。ソ連崩壊後は大統領総務局が管理する「プレジデントホテル」と改称された。
ソ連崩壊後、私は「プレジデントホテル」とコネをつけ、出入りを特別に認めてもらった。東京に戻ってからも出張のときはいつもこのホテルに泊まった。
1998年12月初め、私が夜の7時過ぎにロシアの国会議員とホテルのロビーで話していると、青色の緊急灯を照らしたBMWが近づいてきた。ロシア人にしては小柄な170センチくらい、灰色の背広の上に灰色の外套を着た人物が降りてきた。目の下に茶色い隈ができている。一瞬、背筋に寒気が走った。ボディーガードが2名付き添っている。見たことのない人物だ。
「死神がやってきた」
その国会議員が呟いた。
「暗い顔つきだね。陰険な感じだな。いったい誰かい。大統領府の奴か」
「この前まで大統領府にいた。タチアーナ・ジャチェンコ(エリツィン大統領の二女)に気に入られている。ウラジーミル・ウラジーミロビッチ・プーチンだよ。今はFSB(ロシア連邦保安庁=国内秘密警察、KGB第二総局〈防諜・反体制派担当〉の後継機関)長官だ」
FSBは、ロシア政治エリートや金融資本家の動向を監視している。そのFSBが大統領の寝首をかくことがないように、エリツィン大統領と家族がプーチンをFSB長官に据えたのだ。ロシアでは大統領の信任を得ている者を徹底的に調査すれば、政権中枢の強さと弱さが明らかになる。
対外諜報機関員には二つのタイプがある。第一のタイプは社交的で、派手で、誰も「こんなに目立つ奴がスパイ活動など行うはずがない」と思う。その裏をかくプロたちの人懐こい表情には、陰険な打算が隠されている。
第二のタイプは、存在感があまりない。一見気が弱そうな人たちだが、実際は意志力が強く陰険だ。もっともインテリジェンス(諜報)の世界で、お人好しは生き残っていくことができない。だからインテリジェンス・オフィサー(諜報機関員)は、職業的におのずと陰険さが身につく。ただし、プーチンのように、陰険さが後光を発するほど強い例は珍しい。
「プレジデントホテル」で死神の姿を見たときから、私のプーチン・ウォッチングが始まった。
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