実務経験が試験では邪魔になることも
■資格試験では実務経験者が有利とはならない
高校生は毎日6時間前後、学校で授業を受けますが、その内容がいわゆる進学校といわれる入学偏差値60以上とそれ以下の高校では異なります。
先生の質が同じでも、使う教材と授業を受ける生徒の態度の差です。
進学校では、教科書以外に副教材にレベルの高い問題集などを使用するので、自然と難関大学に合格するレベルの実力が身につくようになりますが、そうでない高校では教科書を終わらせるのが精いっぱいでしょう。
それにも増して異なるのが生徒の態度で、進学校では意識の高い生徒が多いため、先生からの質問に対して「的外れ」な回答をしたり、答えられなかったりすると恥ずかしいので真剣な空気が張りつめています。このため、高3まで部活などに熱中して、自宅でほとんど勉強しなかった人でも難関大学へ合格できたりします。
対して進学校でない高校では、勉強に対する意識が高い生徒が少数なので、質問に対して答えられなかったり、的外れな回答をしたりしてもあまりに恥ずかしいと思わない生徒が多いのです。的外れ回答をしてクラスの笑いをとって喜んでいるお調子者もいるかもしれません。いわば弛緩した空気が流れているのです。
進学校に通っていない生徒が、自宅で猛勉強しても追いつくのは容易ではありません。つまり大学入試は、どこの高校に通っているかである程度は決まってしまうのです。
大学入試における高校の授業に相当するものが、資格試験では実務です。
社会保険労務士試験では、総務人事部門で働く人や社会保険労務士法人(事務所)に勤務している人が、宅建士試験では、不動産会社に勤務している人達が受験します。毎日、社会保険の加入手続きや不動産の実務に携わっているので、そうでない人と比べて圧倒的に有利なように思われるでしょうが、そうとも限らないのです。
私が携わっている社会保険労務士の例でいえば、部門別の数字を公表していないので、具体的な数字は出せないものの、合格者の集まりなどで経歴を聞いてみると、意外と営業部門などの人が1回、2回で合格しています。
一方では、社会保険労務士事務所や法人に勤務しながらも、何回受験しても合格できない人がいます。宅建士の試験も同様で、優秀な営業成績を挙げているにもかかわらず合格できない人がいます。資格試験においては実務経験が、大学入試における進学校のアドバンテージのようにはならないのです。
理由として普段の実務では、あまり起こりえないことが試験では出題されるからです実務上ではこうしているという思い込みが判断を迷わせ、正解にたどりつけないことがあるのです。アンコンシャス・バイアス(無意識バイアス)という自分自身は気づいていないものの見方やとらえ方の歪みや偏りが、悪い方向に働いてしまうのかもしれません。
例えば、社会保険労務士試験で過去に次の文章の正誤を問う問題が出題されました。
労働基準法第36条第1項等に定める労働基準法上の労使協定を締結する労働者側の当事者は、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者とされており、労働者の過半数を代表する者の選出は、必ず投票券等の書面を用いた労働者による投票によって行わなければならない。
(社会保険労務士 平成22年度の問題より)
この問題は、36協定という残業時間のとりきめを決定する労使(会社と労働者代表)協定の労働者代表の選出方法について問われています。
主に投票で決める会社が多いでしょうが、「話し合い」「持ち回り決議」なども労働者の意志であれば認められており、投票券等の券面を用いた投票に限りません。労働基準法の基本的な問題ですので、大半の受験者は誤りだと判断できるでしょう。
しかし会社の総務部で過半数代表者選出の事務局を担当した人などは、毎年、投票で決めているので、必ずという言葉を読み飛ばし、正解だと判断してしまうかもしれません。