(※写真はイメージです/PIXTA)

ある高齢男性は、父の死から15年経過するも、妹との対立により、相続問題が解決できないままとなっていました。しかし、あるきっかけで妹からの働き掛けがあり、遺産分割が無事成立。妹は音信不通にしていた理由を打ち明けますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

父親の死後15年…進展しない相続手続きに疲弊

今回の相談者は、70代の鈴木さんです。15年前の父親の相続時にトラブルがあり、その問題を片づけてしまいたいと、筆者の事務所を訪れました。

 

鈴木さんは結婚してからも、妻子とともに実家で両親と同居してきました。鈴木さんのきょうだいは3歳年下の妹で、妹は短大を卒業してすぐ嫁ぎ、実家を離れています。

 

鈴木さんの実家は地方都市で、昔ながらの家督相続の流れが残る地域だったため、長男が親と同居して老後の面倒を見て、家や墓を継いでいくというのが当たり前の感覚でした。

 

そんな事情から、鈴木さんと鈴木さんの両親は、父親の財産だけでなく、母親の財産も鈴木さんが承継するのが当然であり、その方がいいという考えでした。

 

「私が暮らす地域は、まだ古くからのしきたりが残っており、妹もそれに沿った考えを持っていると思っていたんです。そのため、父の葬儀のあとに書類を出して〈印鑑を押して〉と頼んだところ、〈なにそれ、協力できないわ〉と…。こっちとしてはまったく想定外でして、一体なにが気に入らないのかわかりませんが、その後は妹が話し合いに応じなくなってしまったのです」

 

鈴木さんと母親は、そんな妹の態度に激怒しました。それでもなお、なんとか説得すべく試みたのですが、いくら連絡してもなしのつぶてです。そのため仕方なく、自宅の土地、建物は法定割合で登記をしたのです。これは遺産分割が決まったからではなく、緊急措置として、保全しておくためのものでした。

 

しかし、自宅が共有名義のままでは、個々の財産にはできずに、自由にはなりません。話し合いのつかない妹の名義があることで協力も得られないため、何もできないまま15年が過ぎてしまったのです。

「私、母より先に逝くかも」手紙で知った妹の状況

「じつは今年の春、思いがけず妹から手紙が来たんです。〈病気になり、母親より早く逝くかもしれない。父親の遺産分割について、自分の子どもに迷惑をかけないようにすませてしまいたい〉とありました」

 

筆者と同席していた弁護士は、「これを機に遺産分割協議を実現し、父親の財産を分けて手続きをすませましょう」と、鈴木さんにアドバイスしました。しかし鈴木さんは、感情的なしこりがあるため、直に話をするとケンカになってしまうかもしれないとの懸念から、筆者の事務所にすべてを任せたいとの申し出がありました。

「兄が相続するのは当然」と考えていたのに…

筆者と弁護士は、隣県在住の鈴木さんの妹さんの自宅を訪問し、話を聞きました。

 

「私は実家を離れて、夫名義の家に住んでいますから、実家の不動産なんて必要ありませんし、ほしくもなかったんです。だから、全部兄が相続したらいいと思っていました。でも、葬儀の直後になんの説明もなく、いきなり〈相続放棄の書類にハンコを押せ、いいからすぐ、ここに押せ!〉と書類を鼻先に突きつけられて…。そんな横柄な態度が、どうしても許せなかったんです」

 

妹さんの自宅は実家から離れており、母親の介護も難しいことから、兄が多くを相続することは当然と考えていたそうです。しかし、兄から説明もなく書類を突きつけられ、拒否したところ母親から怒鳴りつけられ、余計に頑なな気持ちになったということでした。

正式な遺産分割協議で名義を外す

不動産が法定割合で登記されていても、妹さんが納得した登記でないことから、今回、正式に遺産分割協議書を作って登記をし直すことで、相続手続きをすることができます。それにより、親族間の売買という扱いではなく相続登記ができ、代償金の支払いも贈与税の対象からは外れます。

 

妹さんの、「いままで不本意な思いをした分を現金でもらいたい、そうすれば遺産分割協議に応じる」という本音が聞けたことから、妹さんに代償金を支払い、自宅は鈴木さん名義とし、母親は二次相続を考慮して相続財産なしとして、遺産分割をしました。

 

90代となった母親は、父親の相続手続きが終えられないことをずっと悔やんでいましたが、今回の着地に安堵したようでした。母親が保有する財産のうちの預貯金は、この機会に妹さんへ生前贈与し、残りはすべて鈴木さんに相続させるとした内容の遺言書も作成しました。妹さんは生前贈与を受けたことから、母親の財産については遺留分を請求しない旨の覚書にもサインしてもらい、一件落着となりました。

初動を誤ると、取り返しのつかない状況に

妹さんは最後の打ち合わせを終えたあと、筆者に、

 

「15年も意地を張ってしまいましたが、間に入ってもらい、解決できてよかったです。これで子どもに迷惑をかけずにすみます。本当によかった…」

 

と、胸の内を打ち明けました。

 

鈴木さんが最初のアプローチの仕方を間違ったことによって、双方ともに大きなストレスをかかえた15年だったのではないでしょうか。

 

とはいえ、家族間の完全な関係回復はまだのようで、現状では〈直接謝りたい〉〈話をしたい〉といった段階には至っておらず、これからさらなる時間が必要なのかもしれません。筆者もこの件から、こじれる前に解決策を見つけること、もめごとを起こさない対応の重要性を痛感しました。

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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