香港ドルとアメリカドルの停止を決めたら、中国は外貨を手に入れたり、外貨を使って自らのビジネスを拡大したりすることが大きく制約されます。中国経済の息の根を止めることができますが、バイデン政権はこのことに触れようとしません。日本経済の分岐点に幾度も立ち会った経済記者が著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

対中金融制裁という「伝家の宝刀」

■返り血を浴びたくないアメリカ

 

もし香港ドルとアメリカドルの停止を決めてしまったら、中国は外貨を手に入れたり、外貨を使って自らのビジネスを拡大したりすることが大きく制約されます。前回述べたように外国の直接投資も多くが香港経由ですから、香港ドルが媒介する対中投資ができなくなります。これで自明なのは中国経済がご破算になるということです。

 

しかしながら、こんなことになると国際金融市場全体がパニックになり、世界大不況になるという意見がじつに多いのです。実際にアメリカの金融界のみならず、アメリカ政府もそんなことが起きるのは恐ろしいでしょう。

 

現実的な話として、中国共産党はいまや香港をほぼ好き勝手に治めています。返還時に保証した「高度な自治」は剝奪し、言論の自由も保障せず、反政府的な発言や行動をした人は皆勝手に逮捕する。野党である民主党や公民党の指導者も、黎智英(ジミー・ライ=日刊紙『蘋果日報』〔アップルデイリー、リンゴ日報〕の創業者)もみんな監獄にぶち込みました。そういう恐怖政治を平気でやっています。

 

また香港立法会には少数の直接選挙枠があり、一時は全議席を直接普通選挙化するという話もありましたが、2015年6月に全議席直接普通選挙化は見送りにすることになってしまいました。民主主義どころではなく、政治は本土並みになってるわけです。

 

このままだと恐らく全人代方式になるでしょう。共産党が立法会を完全に押さえて、基本的には“しゃんしゃん”で「何か意見があるなら言いなさい」みたいな感じでしょう。それで下手なことを言ってしまったら、「香港国家安全維持法に抵触する」と一網打尽に逮捕するということです。

 

中国がここまで踏み込んでしまったのだから、ほんとうは香港ドルとアメリカドルの交換見直しをする修正条項を発動すべきだと思います。ところがバイデン政権からこの意見が出ないのです。あのトランプだったら、これは一種の駆け引きなので「そういえばこういうのがあるな」と言いかねません。ほんとうに実行するかどうかは別として。こういうスタンスであれば交渉が可能になります。

 

ところがバイデンとなると、口にすることすらないのです。前述した『蘋果日報』は廃刊に追い込まれましたが、それは北京の圧力に屈した西側金融機関が融資を差し止めたからです。トランプ政権時代の2020年7月に制定した「香港自治法」によって、アメリカは、香港の人権や言論弾圧に組みする金融機関に対してはドル取引を禁じる金融制裁に踏み切ることができるのですが、バイデン政権は同法を適用しようともしませんでした。

 

そういうアメリカ側の対抗策があるにも拘わらず、習近平政権が香港で好き放題しているということは、「アメリカは踏み込めない」と確信していたのでしょう。バイデン政権については、中国はもうナメ切ってるとしか思えません。実質、何ひとつ制裁をやっていませんから。非難声明をちょっと出すくらいで、実効力は何もないのです。

 

ウイグルも重大な人権問題だと言われますが、新疆ウイグル自治区の綿製品はウイグル人たちの強制労働で生産された疑いがあるから、それを使用した製品は認めないという処置は、トランプ政権時にすでにやっています。バイデン政権はその延長でしかやっていないのです。あとは新疆ウイグル自治区の共産党幹部ふたりに関して、資産を押さえる程度の制裁しかしていません。口ではいろいろ激しく言っていても、やることは大したことない。ナメられてしまいます。

 

ここまで考えると、中国がいかに西側の強欲資本主義につけ込んだうえで西側の高度に発達した金融資本をうまく取り込んだか……これに尽きるのではないかと思うのです。この手法抜きでこれ以上の中国の経済発展は難しいということでしょう。

 

一方、西側には対中金融制裁という伝家の宝刀がある。中国は金融制裁を受けたらほんとうにおしまいなのですが、習政権は収益機会という餌で西側の金融資本をがっちりと取り込んでしまっています。米欧にしてみると、VIPを人質に取られているようなものです。だから、余計に習近平が威張るという構図です。

 

繰り返しますが、アメリカドルが入ってこないと中国経済はもちません。この側面はかなり致命的です。ただ、そこに大きく関わる香港ドルとアメリカドルの交換停止の話になると、全世界、とくにアメリカ、ヨーロッパや日本などの西側の資本主義が返り血を浴びて大混乱に陥る。これがまさにグローバリズムなのです。

 

これは関与政策で、中国の高度成長を推進し、取り込んでしまえば中国は民主化するし、人権を尊重するようになって外交も平和路線でいくという楽観主義が生んだ負の遺産です。いかに間違いであったか。西側先進諸国は中国が怪物であることに気づかずに育て上げ、その怪物に悩まされている……非常に皮肉な構図になっているわけです。

 

田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員

 

 

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本連載は田村秀男氏の著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)の一部を抜粋し、再編集したものです。

「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由

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