香港ドルとアメリカドルの停止を決めたら、中国は外貨を手に入れたり、外貨を使って自らのビジネスを拡大したりすることが大きく制約されます。中国経済の息の根を止めることができますが、バイデン政権はこのことに触れようとしません。日本経済の分岐点に幾度も立ち会った経済記者が著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

香港には米国金融資本が入り込んでいる

■マルクスも真っ青の中国型共産主義

 

中国共産党の社会主義市場経済路線ほど、西側資本主義の高度に発達した資本主義(とくに金融市場)を上手に活用している例はありません。改革開放路線のとき、外資はどんどん直接投資の形で中国に来てくれましたが、いま中国共産党が活用しているのは、マルクスが『資本論』で分析しきれなかった金融市場です。これをいかにうまく使うかに腐心しています。香港はそのひとつの例です。

 

と同時に、アメリカが押し返せない現実もあります。

 

トランプ政権のとき、ニューヨークに上場している中国企業が、軍事機密に抵触した疑いがあるとして、締め出されることになりました。「あいつらに資金を渡してなるものか」という意見がトランプ政権内部で出て、議会の一部も超党派で動き、ニューヨーク市場への上場を禁止するところまでいきました。ところが対象とする企業をもっと広げようとしたら、内部から強い反対が出てきて、ごく一部の企業に留まってしまっています。

 

この間に中国共産党が何をやったかというと、上海、深圳、香港、この三つの株式市場でどんどん中国企業を上場させたのです。ニューヨーク市場で上場を認めてくれなくても構わない。上海で、深圳でどんどん上場させるからと。とくに要になっているのは香港ですが、新規上場をどんどんさせて、大変な勢いで外貨資金調達をしています。

 

データを調べてみたら、2020年には上海市場と香港市場が新規上場によってニューヨーク市場をはるかに上回る資金調達をしています。市場規模そのものはニューヨークのほうが上海や香港よりもずっと大きいにも拘わらずです。さらにIPO(新規公開株)で見ると、もうずば抜けた資金調達をしています。

 

要するに、アメリカ政府が動いて中国企業がニューヨーク市場で外貨資金を調達できなくなっても、いまや香港でできるということです。同時に香港と深圳、上海は「ストックコネクト」といって、香港でも上海、深圳の株式の売買が、上海、深圳でも香港株売買ができるように繫いでしまっています。つまり外国の投資家であっても、香港で上海株にも深圳株にも投資できるのです。

 

この仕組みがあるために、中国企業は香港にも、上海にも、あるいは深圳にも新規上場して、IPOをやります。外国の投資家は、上海で投資するには人民元資金が必要となるのですが、香港経由ではアメリカドルと自由に交換できる香港ドルで取引できます。香港には、ゴールドマン・サックスやブラックストーンなど、アメリカの金融資本が入り込んでいて、中国企業のIPOを手伝っているのです。

 

このような仕組みがあるので、中国は必要とする外貨を香港市場でいくらでも調達できます。この調達機能はいまやアメリカの規模を凌いでいるのです。

 

ここまでくると、アメリカとしても事実上どうにもなりません。

 

だから私は中国の暴走を止める、つまり習近平を封じ込めるためには最早、香港ドルとアメリカドルの交換停止をやるしかないと主張しているのです。

 

次ページ対中金融制裁という「伝家の宝刀」

本連載は田村秀男氏の著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)の一部を抜粋し、再編集したものです。

「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由

「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由

田村 秀男

ワニブックスPLUS新書

給料が増えないのも、「安いニッポン」に成り下がったのも、すべて経済成長を軽視したことが原因です。 物価が上がらない、そして給料も上がらないことにすっかり慣れきってしまった日本人。ところが、世界中の指導者が第一の…

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