台湾問題が大きな緊張を孕んでいる理由
もうひとつは貧富の格差是正です。習近平は2021年8月、「共同富裕」を唱え、その第一弾として、アリババ集団創業者のジャック・マーら巨万の富を稼いだ企業家から、日本円で数兆円規模のお金を社会問題解決のための投資や寄付に回させています。
これらの動きはネットを通じて、中国国内で喧伝され、習近平の人気を向上させています。西側民主主義国なら、所得税の累進課税、法人税、資産課税の強化によって所得を再配分させる論議が沸き起こるのですが、中国の場合はそうならないのです。
マーら企業家は党幹部とのコネを利用して市場シェアを高めて荒稼ぎし、その収益の一部が党幹部に流れて特権層を肥らせる強欲資本主義そのものですが、習政権はこうしたビジネスモデルそのものは温存し、主に自身の政敵の利権となっているネット企業のみを標的にして、富を取り上げ、大衆の喝采を浴びようとするのです。
政治は共産主義、経済は資本主義という化け物は時折、清廉さの化粧を施すだけであり、欺瞞、偽善そのものですね。
■台湾併合正当性の根拠
台湾問題が大変な緊張を孕んでいるのは、じつはこの習近平の野望にあるのです。今年中に台湾を併合してしまえば彼の大変な実績になります。
もともと台湾は清国時代には本土から「化外の地」(=中華文明の教化の及ばない地)とまで見下されて、放任されていました。それで日清戦争に負けて日本に割譲したという流れです。日本の敗戦後、第二次国共内戦で敗れた蔣介石が逃げてきて、中華民国の統治下に入りました。
そのあと連戦連勝だった人民解放軍が、大陸と台湾の間にある金門島での戦いで敗れたため、台湾を占領できませんでした。その後アメリカの台湾政策もあって、台湾併合は中国共産党指導部、積年の願いなのです。
台湾併合の経済的意味も重大です。まずは半導体です。中国共産党は半導体をなんとか国産化したいのですが、その能力はいまだ及ばずです。一方、台湾は圧倒的に優れた生産力を有しています。例えばTSMC(台湾積体電路製造)は半導体製造ファウンドリという、実際に半導体デバイス(半導体チップ)を生産する企業です。下請けといえば下請けですが、この半導体の製造供給能力および製造技術は中国にはまだ整備されていません。
中国はこの技術を一生懸命習得しようとしているのですが、トランプ政権以来アメリカが「もう技術を売るな」ということになって締め出しを食らっているのです。
だから台湾を併合するインセンティブとして、半導体の技術を自分のものにしたい点は当然あります。さらに、アメリカ軍が盛んに台湾に武器輸出を行っていますから、台湾の国防能力を自分のものにして、アメリカの兵器を入手したいということもあるでしょう。
しかしながら何よりも先行するのは政治的意図であり、台湾併合は中国共産党の正統性に関わる問題だと主張しているのです。
共産党はことあるごとに「ひとつの中国」と言います。新疆ウイグルも内モンゴルも、満洲もみんなひとつの中国なんだと。これはどういう論理に基づくかというと、清帝国の版図です。それがイギリスに香港を取られたり、列強の侵略を受けたりして、租界がいっぱいできました。一方的に衰退する清王朝が譲歩に譲歩を重ねて、日本にも攻められた挙句、満洲も取られた。要するに屈辱の歴史です。
これを晴らす。台湾も中国のものだ。ひとつの中国をきちんと復元することが政権の正統性を表すものだ。そういう論理が中国共産党としては非常に強いわけです。それを実現できる共産党独裁政権に正当性があり、実行できる者こそが党総書記であり、国家主席だということになるのです。