(※写真はイメージです/PIXTA)

「お母さんは外に出ちゃダメだよ」と離れて暮らす子どもにそう言われた80代の女性は、食料や生活用品は生協の宅配で済ませ、買い物も行かず、散歩もせず、我慢していたそうです。そのうち、食欲もなくなり、記憶力が減退していきました。老人医療に詳しい精神科医の和田秀樹氏が著書『80歳の超え方 老いは怖くないが、面倒くさい』(廣済堂出版)で解説します。

老いを受けいれられず、自分の衰えに絶望

■老後の幸せは、地位の高さやお金とは関係がない

 

アメリカの著名な発達心理学者で精神分析家のエリク・H・エリクソンの有名な理論に「ライフサイクル論」があります。乳児期から老年期までを8つの発達段階に区切って、それぞれの段階の「課題」や「危機」を提示しているものです。

 

エリクソンのライフサイクル論は、子どもや青年の発達を考えるうえで、よく取り上げられます。「アイデンティティ」という概念を最初に唱えたのはエリクソンでした。彼には青年期の自我同一性について多くの研究があります。老年期に関しては、まだ研究途上と自分でも考えていたようです。

 

エリクソンなど古い、という方もいるでしょうが、彼の考えたことは参考になることが少なくないと思いますので紹介します。

 

若いときの発達課題は省略して、「壮年期」です。壮年期は、40歳から65歳を想定しています。

 

壮年期の課題は、「世代性」です。次世代へと技術や知識を受け渡していく。後輩や子どもたちに自分の持てるものを渡し、ゆずっていく時期です。

 

危機は「停滞」といわれ、次世代への関心がなく、ひとり自己満足に陥り、自分のことしか考えていない状態です。自分はどうせ死ぬのだから、次世代がどうなろうと自己責任だ、なんて思っている人は「停滞」しているということです。次世代へよいものを手渡していくのが、私たちの務めなのかもしれないということをエリクソンは教えてくれます。

 

65歳以上は「老年期」となります。ちなみに、エリクソンは、1994年(平成6年)に91歳で亡くなっています。自分もけっこう長生きしたために老いについて思索が深まったようです。

 

現代では壮年期を70歳までのばし、70歳からを老年期にしたほうが、実情にあっていると思います。

 

老年期の課題は、「統合」です。死について意識する年齢になり、過去を回顧して自分を受け入れ、もう一度自分を統合していく時期です。

 

危機は「絶望」ということになります。老いを受けいれられず、自分の衰えに絶望します。

 

私は老年精神医学を専門にしており、たくさんの患者さんと出会いました。エリクソンの課題と危機はよく理解できます。人の幸せは、地位の高さやお金ではないのだなとつくづく思いました。

 

地位の高い方が、老年期の危機から抜けきらず、自分は不幸だ、こんなはずではないと亡くなっていく。一方、それほど華々しい人生でもないけれど、自分なりによくやったと納得し、家族にお礼を言って旅立っていく人もいます。

 

このエリクソンの課題と危機は、日々私の目の前で繰り返されていました。

 

自分を統合するというのは、自分を受け入れていくということだと思います。

 

後悔すること、あるいは、ああすればよかったと思うことはあるでしょう。でも、過去には戻れません。やり直しもききません。ある程度あきらめるしかないときもあります。あきらめきれないときは、できることはして、それで自分を許しましょう。

 

老齢期の危機である絶望を避けるために、私は高齢者と長く向き合ってきた医師としてこの本の中でみなさんに伝えていきたいことがいくつかあります。

 

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本連載は和田秀樹氏の著書『80歳の超え方 老いは怖くないが、面倒くさい』(廣済堂出版)より一部を抜粋し、再編集したものです。

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