(※写真はイメージです/PIXTA)

父が亡くなってから10年間、唯一の相続財産といえる自宅は独身の姉がひとりで占有し、2人の妹は手出しができない状態です。しかし、当初は静観できた妹たちにも、時間の経過のなか、遺産を分割してもらわなければならない事情が生じていました。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

10年間宙に浮いたままの「父の遺産相続」

今回の相談者は、50代のパート従業員の明子さんと40代の自営業の陽子さん姉妹です。父親が亡くなってから10年、実家の相続が解決せずに困っているため相談したいと、筆者のもとに訪れました。

 

「じつは、両親亡きあとも実家に独身の姉が暮らしており、相続の手続きができないままなのです」

 

相談者は3姉妹の二女と三女で、実家に暮らしている長女、そして二女の明子さん、三女の陽子さんという構成です。二女と三女は結婚して家を出ていますが、長女は独身で両親亡きあとも実家に1人で暮らしています。

 

「母が亡くなり、その後、ショックを受けた父が弱ってしまって。同居の姉が面倒を見てくれ、ありがたいとは思ったのですが…」

 

三女の陽子さんが言葉を続けます。

 

「長姉は〈私が介護をしたから、家をもらうのは当然〉と主張するのです。母は急病で倒れてすぐ亡くなりましたが、父が亡くなったのはそれから15年後。でも、母が元気な頃は姉が身の回りの世話をしてもらっている状態でしたし、母親が亡くなってからは姉が家事をしたり、父親の面倒を看ていたものの、父親の年金で生活しているような状態でした」

 

長女は新卒で入社した会社をすぐに辞め、その後はフリーライターをしていると聞いていますが、仕事の実情はわかりません。

 

父親の相続財産は自宅不動産とわずかな預貯金だけで、相続税がかからない額でした。そして、自宅は父親名義のまま、なし崩し的に長女がそこに暮らし続けています。

 

明子さんと陽子さんが不満を訴えるのには理由がありました。

時間の経過のなか、二女と三女に起こった問題

二女の明子さんが言いにくそうに事情を説明しました。

 

「じつは、私の夫が3年前に脳梗塞で倒れ、これまでのように仕事ができなくなってしまったのです」

 

明子さんは、夫が倒れるまでは専業主婦だったのですが、いまはパートに出ているといいます。夫は今も同じ会社に勤務していますが、部署を移動して収入がかなり減り、生活が厳しい状況です。来年には末っ子の大学受験もあり、そのお金をどうするべきか、思いあぐねているといいます。

 

三女の陽子さんも、心配そうに話してくれました。

 

「私たち夫婦は自営業なのですが、不況のあおりを受け、経営が非常に厳しいのです。このままでは、一人娘の進学費用も工面できるかどうか…」

 

じつは父親の葬儀後、明子さんと陽子さんはいつまでたっても相続について言及しない長女にしびれを切らし、遺産分割の話を持ち掛けました。しかし、長女は逆上し「親の面倒を押し付けて、遺産だけほしいというのか」「私を追い出すのか」と叫び出し、手が付けられない状態になってしまいました。

 

当時、明子さんと陽子さんはすでに家庭を築き、マイホームも購入済みでした。また、双方の夫からは「お姉さんはいろいろと大変なのだから、しばらくそっとしておいてはどうか」とアドバイスされ、状況を静観することにしたのです。

 

しかし、それから10年経過し、二女と三女の生活状況は、夫の病気や経営難などで大きく変化しました。

 

「いまも姉が父の遺産を独占している状態ですが、もし私たちに万が一のことがあったら、遺産分割に代わる援助をしてくれるとでもいうのでしょうか?」

「ずっと住んでいる=その人のもの」ではない

筆者と打ち合わせに同席した弁護士は、明子さんと陽子さんの話にじっくり耳を傾けました。

 

問題となっている家は、そもそも父親の財産です。ずっと住み続けてきたことが独り占めしていい理由にはなりません。

 

弁護士は、もし長女が調停に持ち込んだとしても、長女の同居の寄与分は認められにくく、法定割合での分割になると予想されること、また、姉が現状維持を続けたからといって有利にはならないことを説明しました。

 

筆者は弁護士と一緒に、長女に事情を説明して納得してもらう役割を引き受けることにしました。

 

相続財産である父親名義の家を売るためには、相続人に名義変更しなければいけません。そのために「遺産分割協議書」を作成し、相続の仕方を決め、3人で署名、実印押印をして法務局に提出します。

 

不動産を3人で相続すると思われる方がいるかもしれませんが、共有にしてしまうと不利益が生じます。

 

今回、相続税はかかりませんが、売却すれば譲渡税がかかります。しかし、居住者が売却すると「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例」が使えます。それにより、売却した利益のうち、3,000万円までは税金がかかりません。

 

※ 国税庁「No.3302 マイホームを売ったときの特例」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3302.htm

 

しかし、住んでいない妹たちはこの特例は使えません。もしも妹が相続・売却した場合は、利益のうち20%の税金(譲渡税14%、住民税6%)を払わなければなりません。

特例を使えば無税…売却したお金は均等に分割

不動産の遺産分割の場合、代表して相続した人がほかの相続人に代償金を払うという方法があり、まさに今回はそのやり方を適用すべきケースなのですが、自宅に暮らす長女は、現状では妹2人に払うお金が捻出できません。そのため、相続した家を売却し、そこから妹2人にお金を渡すことになります。

 

その際「居住者である長女」が自宅を相続・売却することで、上記の居住用の特例が使えます。

 

売却価格は2,000万円と想定され、本来なら400万円近い税金がかかるところ、特例を使えば「税金なし」となり、まるまる2,000万円が手元に残るのです。

 

引っ越し費用、仲介手数料、測量費用、荷物撤去費用などを差し引くと残りはだいたい1,800万円程度となる見込みで、これを姉妹3人で分けることになります。

 

筆者と弁護士は、長女にこのような方法があることを説明して理解を得たうえ、少しでも有利に売却し、問題解決をするお手伝いをすることになりました。

 

「跡取り」という概念がなくなったいま、きょうだいの立場は対等です。「同居していた」「面倒を看ていた」という理由だけで、自動的に相続が有利になることはありません。

 

父親の家を売って3分割し、それぞれが思い思いに「活用」することで、資産も生きたものとなるのです。


 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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