家庭を飛び出し、愛人のもとで20年暮らした夫が死去
今回の相談者は、60代の吉田さんです。亡くなった夫の相続の件でトラブルになっていると、筆者の元に相談に見えました。
吉田さんは夫とは結婚して40年で、2人のお子さんに恵まれました。しかし、夫は20年ほど前から自宅に戻らなくなり、別の女性と生活を始めました。子どもたちが成人してからは生活費を入れることもなく、吉田さんは、夫の生活の一切を知らずじまいです。
「夫は自宅に戻ることなく、先日、亡くなったのを知りました」
自宅マンションは愛人に遺贈、さらに腹が立つのは…
「夫が亡くなったことは、夫と同居していた女性の息子さんからの連絡で知りました。女性のほうで夫の葬儀は全部行う、遺骨も返さないというのです。私も子どもたちも、夫はとっくにいないものと思って暮らしていたので〈お好きにどうぞ〉とお答えしたのですが…」
しかし、話はそれでは終わりませんでした。
「夫は、同居女性にお金を借りていたというんです。しかも夫は、私が暮らす夫名義のマンションに、死因贈与の仮登記をつけていたんです」
死因贈与とは、贈与者の死亡によって贈与の効力が発生する契約です。
借金の真偽は、夫が亡くなった以上わかりません。しかし、登記の事実は吉田さんの生活に大きな影響を及ぼすことになりました。
「遺贈されたことで、私の住むマンションは、その愛人の名義に変えられてしまったのです。しかもあきれたことに、愛人の息子は〈すでに返済が終わっている金融機関の抵当権をはずしてもらいたい〉っていうんです!」
吉田さんの亡夫は、マンションのローンを完済したあと、抵当権の抹消手続きを怠っていたのでした。そのため、相続人の立場にある吉田さんと子どもが、この手続きを行わなければなりません。
相続人が相続できる財産は「なにもない」
亡夫の財産は吉田さんと子どもたちが暮らすマンションだけで、まとまった預貯金などはないようでした。しかし、そのマンションも貸付金の担保として同居女性に死因贈与されたことで、吉田さんや子どもたちの相続できる財産はありません。
死因贈与契約がなければ、マンションは吉田さんと子どもたちの相続財産だったのですが、生前の契約により、借入金の返済が優先されます。また、遺言書もなく、正味財産もないため、遺留分の請求もできないという結果になります。
抵当権抹消手続きをする代わり、「協力金」を請求
しかし、それではあまりに理不尽な話です。筆者は弁護士とともに相手女性に交渉し、吉田さんが抵当権の抹消手続きに協力するかわりに、マンション相場の10分の1程度の現金を、協力金として吉田さんへ払ってもらう約束を取り付けました。
借入がないにしろ、抵当権がつたいままでは売却に支障が出るため、協力金を払って抹消することは、相手女性側のメリットになります。
金銭のやり取りが行われるため、証拠となる合意書の作成を行いました。筆者の事務所提携先の弁護士や司法書士のチェックも入れ、書類が完成しました。
後日、女性から無事に吉田さんの元へ、約束の金額が振り込まれました。
一通り問題解決したことで、吉田さんは筆者の事務所へ結果報告とあいさつのために立ち寄ってくれました。
「夫は〈家にいても心が休まらない〉といって帰ってこなくなったんです。子どもたちは受験があるし、双方の両親は次々倒れるし、私もフルタイムで働かないと家計が回らないし、心なんか休まるわけないじゃないですか。お金も時間も体力も、いくらあっても足りない状況で、無責任な夫には本当に腹が立ちましたが、正直、愛人問題なんかに構っていられませんでしたね。でも、こんなことになるのなら、放置せずにさっさと見切りをつけておけばよかったです」
しかし、吉田さんの表情は明るいものでした。
「上の息子家族が〈一緒に暮らそう〉っていってくれたんです。心機一転、荷物も全部整理して、ほとんど身ひとつで世田谷から横浜に引っ越しです。横浜は好きな場所なので、とても楽しみなんです」
吉田さんは、これからは仕事で忙しいお嫁さんを助け、かわいい孫たちの面倒を見ながら、横浜の生活を満喫するつもりだと、笑顔を見せてくれました。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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