日本学術会議が提言した「博物館の危機」
指定管理者制度の導入が各自治体で積極的に行われている背景には、財政上の理由から経費削減の必要性が高いこともあります。ただ経費を削減するだけでは、むしろサービス水準が下がるようなイメージがありますが、民間に運営を任せることで、コンテンツの商品化や学習コンテンツの開発・制作などが行われ、新たな売上げを生み出すところまでできれば、さらにサービス水準の向上が期待できます。
一方、行政側からは色々な反対や批判もあります。平成19年(2007)には、日本学術会議が「博物館の危機をのりこえるために」という声明を出しています。民間委託によって長期的に博物館本来の社会的な機能が低下・毀損されてしまうのではないか、という懸念にもとづいて作成された提言です。柱となっているのは、農業の農地取得と同じような規制を設け、受託資格に条件をつけようというものです。
博物館のある地域の住民や施設の利用者の側から見れば、運営を誰が行っているのか、役所の直営なのか民間が運営しているのかは関係ありません。官営、民営に関わらず、利用者にとって重要なのは実際のサービス内容です。サービスが良くなった、楽しめるイベントが開催されるようになったという、現実的な利益の部分です。
利用料金の徴収もある程度自由化すれば、逆に「良いものを安く提供する」方向性だけではなく、利用料は少し高めでもより良い展示や解説を提供するといった方向性も柔軟に試みることができます。利用料金は委託の際にある程度決められてしまっても、前段階で「この金額で、うちはこういうことができますよ」という提案を民間から出してもらい、複数の案から選ぶ形ができれば、行政の直営で運営するよりも良い事業アイディアが得られるのです。
民営化が博物館機能を損なう弊害になりかねないという懸念も、民営化が中途半端だったり形式上だけになっていたりすることが原因です。民間への委託といっても、現実には行政と結びついた関係者の団体に一社入札のような形で委託をしていることがあるのです。これでは民間委託の恩恵は得られません。こうした場合、単純に行政の経費削減が目的化し、施設の職員が公務員や準公務員から人件費の安いボラバイトに置き換わるだけのようなものになってしまうことが往々にしてあるからです。
運営経費が安くなるのは良いことですが、多くの博物館は設立や機能の維持、収蔵物の収集に大変な金額がかかります。これは図書館と同じです。それならば、その施設を本当により良く使えるプランを持っている人たちに運営を任せるのがベストだというのが、民営化の本来の考え方です。
指定管理者制度では、事業プランも含めた総合評価方式という審査の仕方があります。複数の事業体から提案を出してもらうことで、多少コストはかかっても住民や利用者にとってより良いサービスが提案されていれば、単に一番安価なものではなく良いものを採用するという方法もあるのです。すると、今度は審査の方針や施設に対する考え方、審査員の人選が重要な要素となってくるのであって、運営権を民間に委託すること自体が問題なのではありません。
審査の方針自体、あるいは適切な審査員基準がないまま役所が小難しい総合入札方式のようなシステムだけを作り、事業提案に対して審査を行えば、元々の博物館の設立趣旨から逸脱した運営がされて似ても似つかないものになってしまう可能性があります。
博物館のような市場ニーズだけではなく公共性に適う運営が望まれる施設は、むしろ完全民営化によって目的を充足できるしっかりした運営者に任せることも、ひとつの方法です。単に市場ニーズに合わせて受益者に利益を返すだけではなく、施設自らがミッションを掲げて寄付を集め、寄付者にはその施設の存続に貢献することによって社会的意義を果たしているという満足を提供するのです。こうした経営ノウハウは、海外の博物館に対する調査でも報告されています。