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農業経営者として自立した経営を目指す
■農家も経営を学び、自立する
羽田空港から1時間半ほど、初冬の十勝帯広空港に降り立つと冷涼な空気に包まれた、広漠な黒々とした農地の広がりに圧倒される。十勝平野は小麦、ジャガイモ、ビート(甜菜)、豆類、長芋などの日本有数の産地であるだけでなく、隣接する釧路・根室地方と並ぶわが国を代表する牛乳生産地であり、また肉牛飼育でも南九州と並ぶ頭数を誇る。
2018年は初夏の天候不順や9月の北海道胆振東部地震によるブラックアウト(大規模停電)の影響もあり、十勝地区24農協の農産物取扱高は17年の3388億円には届かないものの、それでも過去2番から3番目の取扱高だと地元メディア「農業TOKATI2018」(とかち毎日新聞社発行)は予想している。
同メディアはまた、十勝地域は21年には17年を上回る3500億円の農業生産額を見込んでいると記している。EUとのEPA締結やアジア太平洋地域11カ国と結んだTPP発効による安価な海外農産物の輸入増というマイナス要因は見込まれるものの、十勝の農業生産者は数字を見る限り極めてアグレッシブに生産拡大に取り組んでいることがよく理解できる。全国的に休耕田畑や耕作放棄地が急速に増えてきているが、十勝では平野部に農地の空きはなく、耕作をやめる農家が出てきても土地は取り合いの状況だと聞く。
「十勝では農業は成長産業なのです」と、関係者は口を揃える。当然、農業機械の低廉な自動運転ソフトを開発している農業情報設計社(濱田安之代表取締役CEO)のような農業系ベンチャー企業も集結する。濱田氏は国立研究開発法人農業・食品産業総合研究機構の元研究者で、「20年前からロボットトラクターの開発・研究を続けてきた」という。
その研究成果を生かして生み出したのが、GPSを使ってトラクターの位置と方向を把握、直進運転をサポートする「アグリパスナビ」で、いわば農業版のカーナビである。従来型の三分の一の価格で提供できるというので、農機メーカーや農家から大きな注目を集めている。
このような十勝の農業の元気を象徴している、あるいは元気を支えている存在が北海道中小企業家同友会とかち支部農業経営部会だ。中小企業家同友会は本来、第二次、あるいは第三次産業に分類される企業経営者中心の会と考えてよい。ところが、とかち支部ではやや趣が異なる。30年ほど前の1989年3月に農業経営部会を発会させて農業者に門戸を開いたのだ。「農業者が中小企業経営者とともに学び合い、〝農業経営者”として自立した経営を行う」ことを目指したのである。
当初30人足らずの会員だったが、2010年代には100人の大台に乗り、直近では支部会員880人のうち175人(18年度年初)が農業部会会員という盛況ぶりだ。大規模営農の農家や農業法人が増加し、農家といえどもしっかりと経営を学ぶ必要があると自覚する人たちが増え、その場として3つの目的の一つに「国民や地域とともに歩む中小企業」を掲げる同友会を選ぶようになったことをこの数字は示している。と同時にそのことは、とかち支部の固定観念にとらわれない柔軟で先進的な取り組みと組織の活性化力をも示している。
初代部会長は、この地区に産地直送という新しい手法を導入した北海ファーム三和取締役会長の早苗諭氏である。1945年生まれの早苗氏は農業高校を出ると地元へ戻り、畑作中心に切り替え、作物は主として仲卸などを通じて出荷していた。
しかしあるとき、4000万円もの不渡りをつかまされることになり、勉強の必要性を感じ同友会に入会する。同時期に紹介する人があり、首都圏のあるスーパーへ直接出荷するようになり、今ではジャガイモ、大根、グリーンアスパラ、ブロッコリーなど多種の野菜が首都圏のスーパーや全国の顧客に送られている。これが十勝近辺の産直のはしりとなった。繁忙期にはスーパーの社員が手伝いに来るようになったともいう。
それを見ていた当時の沢本松市支部長が、「全国有数の食糧基地十勝において、時代の変化に対応できる農業経営の勉強をめざそう」と早苗さんに声をかけたのだと、北海道同友会のレポートにはある。