(※写真はイメージです/PIXTA)

鹿児島県阿久根市の中心市街地、国道3号線沿いに立つ「イワシビル」という楽しそうなネーミングの建物が異彩を放っています。並ぶ商品は「旅する丸干し」「旅する焼きエビ」など独自のネーミングの商品です。地方の中小企業の取り組みを、清丸惠三郎氏がレポートします

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試行錯誤の末に作り上げた「旅する丸干し」

■異彩を放つ「イワシビル」

 

農産品だけでなく、水産加工品なども含め、第一次産品の加工に積極的に取り組み、同友会の目指す「地域とともに歩む中小企業」を現実化しつつあるのが鹿児島同友会の会員たちである。

 

鹿児島県北薩地方は、熊本県から九州新幹線で県境を越えた出水市や薩摩川内市などを含む地域である。新幹線が通っているとはいうものの、日本の地方が直面する少子高齢化、人口減、経済活動の不振などはこの地域をも避けて通ってくれず、車で通過する街並みのそこここに南国らしからぬ重苦しい沈滞ムードが漂っている。

 

そうしたなか、阿久根市の中心市街地、国道3号線沿いに立つ「イワシビル」というシンプルすぎるネーミングの建物が異彩を放っている。もとは生命保険会社の営業拠点だったというから、外観は格別特色があるわけではない。

 

しかし1階のカフェ・ショップに入ると、あか抜けた作りになっており、並べられている商品も「旅する丸干し」だとか「旅する焼きエビ」など、独自のネーミングと瓶やスタンドパックなど、こじゃれた容器のものが多い。いずれの商品も地方発信のブランド育成への意欲が強く感じられる。

 

このビルは地元の水産加工会社、下園薩男商店が買収、阿久根市商工会議所会頭を務める現会長の下園満氏が、長男で社長の正博氏に計画段階からすべてを任せて、2017年9月にリニューアルオープンさせたものだ。

 

正博氏は1980年生まれの38歳。福岡の大学で情報処理を学び上京、ウェブディレクターとして2年間働いた後、大学時代から決めていたように地元へ帰って家業を継ぐために築地の水産商社に転職、経験を積んで10年阿久根に帰った。

 

阿久根周辺の海域は小型のウルメイワシの漁獲で知られ、それを加工した丸干しが特産で、下園薩男商店は地元の最大手である。築地の商社勤務時代、量販店などに派遣されて店頭に立つと、丸干しを購入するのは高齢の人ばかりで、若者は見向きもしない。

 

「焼くのが面倒くさいなど理由はあるのですが、いずれにしろ漫然と丸干しを売っていては、先細りは間違いないと思ったのです」と、正博氏は述懐する。現実に阿久根の丸干し加工業者は最盛期60軒ほどあったものが、現在は13軒にまで減少している。

 

帰郷してからの正博氏は「若い人が丸干しを知ってくれるきっかけとなるような商品」、つまるところいかにして丸干しを時代に合った商品として売り出すかに取り組み始める。

 

丸干しを拡販するためでもあったが、同時に「地元で獲れる魚を、地元で加工して売るということは、人件費も含めて売り上げのほとんどが地元へ落ちるわけで、付加価値が高い。地域経済を考えるうえで、このことの持つ意味は大きい」と考えたからでもある。内発的産業発展モデルである。

 

2年間考え抜き、試行錯誤の末に作り上げたのが「旅する丸干し」だった。鹿児島市内のおしゃれな商業施設として知られる「マルヤガーデンズ」に置いてもらえる商品を念頭に、欧米でよく食べられている「オイルサーディン」をベースに、丸干しのオイル漬けを創案したのである。イワシそのものではなく、焼いた丸干しを用いたところが特徴で、試作品は歯ごたえのよさなどからすこぶる好評だった。

 

その後もネーミングを含め改良を重ね、夢を感じさせる「旅する丸干し」は13年の鹿児島県水産物品評会で最高位の農林水産大臣賞を受賞、翌年には農林水産大臣賞受賞者の中から選ばれて天皇杯を受賞する。現在、各地のおしゃれで特徴ある商品を扱うショップや店で売られていて、人気である。

 

次ページやりたい仕事があれば若者は地元にとどまる

※本連載は、清丸惠三郎氏の著書『「小さな会社の「最強経営」』(プレジデント社、2019年10月刊)より一部を抜粋・再編集したものです。肩書等は掲載時のまま。

小さな会社の「最強経営」

小さな会社の「最強経営」

清丸 惠三郎

プレジデント社

4万6千人を超える中小企業の経営者で構成される中小企業家同友会。 南は沖縄から北は北海道まで全国津々浦々に支部を持ち、未来工業、サイゼリヤ、やずや、など多くのユニークな企業を輩出し、いまなお会員数を増やし続けて…

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