(※写真はイメージです/PIXTA)

プロ写真家が販売員をするカメラ店があります。その他の家電チェーンと異なり、その店員にはプロとしての長年の経験で培ったノウハウ、情熱、思い入れがあります。この違いが、根本的な競争優位を生み出しています。ポストデジタル時代の小売店の可能性について、ダグ・スティーブンス氏が著書『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』(プレジデント社)で解説します。

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      ダイソンの掃除機はインテリアになる?

      ⑧「エンジニア」型

      ■消費者の問いかけ「最高に作り込まれた商品はどこで手に入るの?」

       

      1983年、5127個もの試作を重ねた末に、ついにジェームズ・ダイソンは成功をつかんだ。ようやく完成に漕ぎ着けた、その製品は、やがて消費財の世界全体に革命をもたらすことになる。

       

      その5年前、設計技術者で発明家でもあったダイソンは、自宅の掃除機が時間の経過とともに吸引力が低下し、ゴミで目詰まりしてしまうことに不満を抱いていた。そこで、自負心を持つ技術者なら誰でもそうであるように、ダイソンは解決に向けて動き出した。まず問題の掃除機を分解してみた。分解していて、設計上の根本的な欠点が明らかになった。

       

      1901年に掃除機が発明されて以来、どの掃除機も紙パック・布バッグ方式を採用していて、ダイソンが分解した製品も同様だった。この方式は、ゴミで目詰まりする問題を抱えていた。このため、時間がたつにつれて吸引力がどんどん下がるのだ。だが、ゴミが回収されるパックをなくすことなどできるのだろうか。それがダイソンの悩みどころだった。

       

      ちょうど当時、ダイソンは自身が所有する工場に、空気中を舞う塗料の粒子を分離回収するためのサイクロン(遠心分離)方式の設備を設置したところだった。これを見て、サイクロン方式なら掃除機の仕組みを根本から変えられるのではないかと思いついたのである。

       

      2002年、ダイソンは同社初の商品である「ダイソンDC07」を引っ提げてアメリカ市場に参入した。目を見張るような独特な外観の掃除機で、市場では類のないものだった。ダイソンをアメリカ市場で売り込むという賭けに出た初の小売業者が、家電量販店のベストバイだった。当初、競合各社は大して気に留めていなかった。ダイソンの掃除機はフーバーなど競合ブランドの製品に比べて、価格が最大3倍も高かったからだ。

       

      しかも、多くの競合ブランドは、家電製品のなかでも掃除機は日の当たらない格下製品と見ていた。ほとんどの時間を埃にまみれた状態で、クローゼットに押し込まれて一生を終える製品だからだ。ダイソンの売り文句も突とっぴょうし拍子もないものと映っていた。

       

      だが、当時、あまり知られていなかったことだが、フーバーがダイソンの「トリプルボルテックス」設計の特許を侵害したとしてイギリス最高裁まで争った訴訟で、ダイソンが勝訴していたのである。そして2年後にダイソンがアメリカ市場に攻め込んだ際、法廷闘争に敗れたフーバーは、ダイソンに約400万ポンド(約5億6800万円)を支払わざるを得なかった。

       

      同年10月には、ベストバイによるDC07の販売台数が当初の想定を10倍も上回り、すかさず量販店のターゲットもDC07の取り扱いを開始した。ダイソンは、掃除機業界が手をつけていない「あること」に気づいていたのだ。消費者が家電製品に対して高機能であることに加え、佇まいの美しさも求めていたことをダイソンは見抜いていたのである。実際、消費者は、そのような製品を手に入れるためなら、高めの価格、いや、普通よりはるかに高い価格でもいとわなかった。

       

      現在、ダイソンは、さまざまな分野を対象に全世界で約6000人のエンジニアを雇っていて、毎年65カ国で家電製品を60億ドルも売り上げている。掃除機や扇風機からヘアドライヤー、業務用ハンドドライヤーに至るまで、ダイソンの技術力主導の経営は、収益性の高い新たな市場空間を生み出している。頼もしささえ覚えるプレミアム価格の製品を次々に投入するダイソンの市場でのポジション自体、収益性の高さを示す証拠でもある。

       

      ダイソンが街中で展開しているスペースを「店舗」と考えたら、痛い目に遭う。もう少し正確に表現するなら「ギャラリー」だ。ダイソン製品がまるでアート作品のようにディスプレイされているからだ。こうしたスペースを同社では「デモストア」と呼んでいて、まさしく名は体を表している。ここに行けば、ダイソン製品を実際に試用し、そのデザインや性能の違いをじかに体感できるのだ。デモストアは、いわば体験型の遊び場であって、同ブランドの技術力とデザイン力に舌を巻くことになる場でもある。

       

      ダイソンのような「エンジニア」型ブランドは、何かを掘り起こす力がある。卓越した技術思考とデザイン思考を駆使し、顧客の問題を解決する。しかも、その問題とは、競合ブランドが気づけないばかりか、多くの場合、消費者さえも気づいていない。そのような問題をあぶり出して、解決に導くのである。かつては紙パック不要の掃除機を誰も求めなかったように、iPhoneも誰かの求めに応じた製品ではなかった。初めて使ってみるまで、その優れた技術やデザインのメリットに気づけなかったのである。

       

      だが、ほどなくして、あわよくばiPhone購入一番乗りを果たそうと、世界各地の都市で徹夜でテントを張ってまで、発売を待つ人々が出現した。しかも、当時の人気携帯電話だったブラックベリーより50%も割高の価格だったにもかかわらずだ。

       

      「エンジニア」型の小売業者は、その独自の発想を商品だけでなく、売り方にも応用していて、多くの場合、デザイン主導の革新的な手法でチャネルを超えて顧客に独特の体験を用意している。また、自社製品の技術力やデザイン性が持つ独特のメリットの啓蒙・誇示・普及に全社を挙げて重点的に注力する。

       

      ダグ・スティーブンス
      小売コンサルタント

       

       

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        ※本連載は、ダグ・スティーブンス氏の著書『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』(プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

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