(※写真はイメージです/PIXTA)

プロ写真家が販売員をするカメラ店があります。その他の家電チェーンと異なり、その店員にはプロとしての長年の経験で培ったノウハウ、情熱、思い入れがあります。この違いが、根本的な競争優位を生み出しています。ポストデジタル時代の小売店の可能性について、ダグ・スティーブンス氏が著書『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』(プレジデント社)で解説します。

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    プロの写真家のノウハウが手に入る

    パンデミック後も、時代を超えて消費者が抱いている問いかけが少なくとも10種類ある。消費者は、この問いかけに対する答えを求めている。しかも、頂点に君臨する怪物企業やミニマーケットプレイスでは答えにならない問いかけがあるのだ。

     

    あなたのブランドが、こうした問いかけに対して明快な答えとなれば、特定のカテゴリーでしっかり差別化ができるだけでなく、それなりに抜け目のなさもあれば、規模に似つかわしくないほど大きな売り上げと利幅を確保する収益力も発揮するはずだ。

     

    【図】10のリテールタイプ

     

    ⑦「賢者」型

    ■消費者の問いかけ「一番いい助言がもらえるのはどこ?」

     

    数年前、カリフォルニアに旅行する際、妻がデジタル一眼レフカメラをプレゼントしてくれた。実は、私にとって人生初の本格的なカメラだった。私は、新しい物を手に入れると、使い方を身につけようと半ば取り憑つかれたようにのめり込む癖がある。案の定、そのときも、写真撮影の底なし沼にはまって、抜け出せなくなってしまった。

     

    写真好きならわかってくれると思うが、カメラの沼は、とんでもなく深くて、カネ食い虫なのだ。最初は記事やブログを読んだり、動画を見たりしていたが、地元の写真講座にも通うようになった。写真に関する知識を貪欲に吸収していった。

     

    そうこうしているうちに、ネットで読む記事やディスカッションに、ある店の名前が頻繁に登場することに気づいた。「B&Hフォトビデオ」という店だ。1973年、ブライミー・シュライバーと夫のハーマンが、夫婦でニューヨークシティのウォーレン通り17番地に小さなカメラ店を開いた。

     

    現在は9番街に移転し、ビルの3フロアを使って40万台以上のカメラを販売している。プロ写真家の御用達として称賛を集める同店は、ニューヨークシティ界隈の有名店であるだけでなく、オンラインショップを通じて世界中に顧客がいる。

     

    店内に足を踏み入れると、すぐに気づくのが、頭上に設置されたベルトコンベアの作動音だ。映画『夢のチョコレート工場』(あるいは同じ原作に基づく『チャーリーとチョコレート工場』)に出てくる工場を彷彿とさせるつくりだが、こちらのコンベアでは、売り場裏の巨大な注文処理エリアから表のレジまで客の注文した商品が運ばれていく。普段の店内は、物珍しさに立ち寄った観光客からプロの写真家まで大勢の客で賑わっていて、私のように鼻息の荒い初心者らしき姿も多数見られる。

     

    要するに、写真好きの楽園なのである。だが、B&Hで最も注目すべきは、おそらくこの店内の棚に並んでいるものではない。同店の取扱商品の大部分は、自宅にいながらにしてネットで注文できるのだが、唯一の例外がある。それはB&Hならではのノウハウだ。

     

    注意していただきたいのは、私があえて「商品知識」という言葉を使っていない点だ。B&Hのウェブサイトに行けば、なぜノウハウという言葉を使ったのか一目瞭然である。多くの小売業者は従業員を漠然とした「集合体」のように捉えていて、まるでストック写真か何かのように、いつでも使えるように確保してあるだけのイメージだが、B&Hでは、エキスパート1人ひとりの顔写真と略歴を公開している。この略歴にさっと目を通せば、大変なことに気づく。従業員が揃いも揃って正真正銘のエキスパートなのである。

     

    その辺の家電チェーンと異なり、B&Hは販売の仕事が好きな人材や写真を勉強したい人材は求めていない。お断りなのだ。実は、「販売店で働いてもいい」というプロ写真家を雇っているのである。一般的な家電店の従業員なら、何らかのコースを受講して商品知識を増やそうとする。B&Hの従業員には、プロとしての長年の経験で培ったノウハウ、情熱、思い入れがある。この違いが、根本的な競争優位を生み出している。前者は単に小売店である。後者は、私に言わせると、「賢者」型の小売店である。

     

    「賢者」型は、単に商品知識が豊富なだけでなく、得意分野での真のノウハウがほしいときの駆け込み寺になっている。その差は決定的だ。知識は、経験がなくても獲得できる。ギリシャの島々を訪れたことがなくても、その知識は身につけられる。一方、ノウハウは、身をもって経験したことがなければ、磨きようがない。

     

    歴史を振り返れば、今ほど、この違いがものを言う時代はない。なぜか。ポストデジタル世界では、知識といえども、他の多くのものと同様に、差別化できないありふれたものになっているからだ。2017年の消費者調査によれば、商品を買うときに、「店頭の販売員よりも自分のほうが知識があると感じる」との回答は83%に上った。

     

    ところが、ノウハウとなると話は別で、実体験なしには身につけられない。「賢者」型のブランドが授けてくれるのは、まさにこうした深いレベルのノウハウなのである。

     

    懐疑的な人々は、B&Hが単店舗経営という点に引っ掛かりを覚えるかもしれない。「そんなやり方が通用するのは、B&Hだから。大規模チェーンでやろうと思っても不可能」との声が聞こえてきそうだ。

     

    確かに、「賢者」型の場合、規模は敵と言える。あまたの人材のなかでもごく一部の特別な面々を確保しないことには、この型を維持できないからだ。とはいえ、アウトドア用品のレクリエーショナルイクイップメント(REI)や化粧品のセフォラといった全国規模で事業を展開する小売業者は、その分野の熱心なファンや愛好家を採用・育成していて、大規模チェーンでも可能であることを証明している。

     

    アマゾンでカメラを買うことくらいは、誰でもできる。だが、そこでは手に入らないのが、B&Hならではのノウハウやアドバイスなのである。

     

    次ページコストコに顧客サービスは存在するのか?

    ※本連載は、ダグ・スティーブンス氏の著書『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』(プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

    小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」

    小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」

    ダグ・スティーブンス

    プレジデント社

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