(※写真はイメージです/PIXTA)

築57年の賃貸住宅。老朽化で倒壊の危険性があるとして立ち退きを要求してきた貸主に対し、借主は「健康状態の悪い高齢の母親には負担が大きすぎる」と立ち退きを拒否しました。このような場合、法律ではどちらの言い分が優先されるのでしょうか。賃貸・不動産問題の知識と実務経験を備えた弁護士の北村亮典氏が、実際にあった裁判例をもとに解説します。

賃貸人の立退要求は「正当事由」として認められない

本件においても、裁判所は、賃借人側の建物使用の必要性と建物の老朽化の程度を詳しく検討した上で、主に以下の理由により、解約申入れに「正当事由」は認められない、として賃貸人側からの立退きの請求を棄却しました。

 

1.これまでの長期間居住し、かつ相当の費用をかけて増改築をしてきたこと

 

2.賃借人が現在87歳で健康状態も悪く、長年住み慣れた本件建物からの転居が生命・身体に関わる事態を引き起こすのではないかという懸念には、社会通念上客観的にみて合理的な根拠があること

 

3.賃貸人の建替計画は、賃貸人が建物を自ら使用するためでないし、早急に建て替えなければ賃貸人の生活に支障が生じるということもないこと

 

4.建物は老朽化はしているものの、一級建築士によれば、現況のままで、ある程度の規模の地震には対応することができ、早急な耐震補強工事や建替工事が必要とはいえないとされていること

 

この判決では、賃貸人側が提示した840万円という立退き料の金額の検討すら行わずに賃貸人側の立退きの主張を棄却していますので、築57年の物件とはいえ、老朽化の程度についての賃貸人側の主張・立証が弱かった事案であると見られます。

 

また、賃借人側の建物への居住継続の必要性をかなり強く認めた事例ということができます。

立退きできない賃貸人の事情

判旨では、細かく双方の事情を認定していますので、以下参考までに判旨を掲載します。

 

【判旨:東京地方裁判所令和元年12月12日判決 X:賃貸人、Y:賃借人】

 

(1)被告らの自己使用の必要性について

ア.前記認定事実によれば、被告Y1は、本件賃貸借契約から本件解約告知に至るまで、亡Bと婚姻してからの社会生活の大半に当たる57年間を、夫婦共同財産からの支弁によって本件各増改築等を加えつつ、本件建物を家族共同生活の本拠として生活し、本件解約告知当時84歳、現在87歳に至っているものである(前記認定事実(3))。

 

原告は、本件各増改築等が賃貸人に無断であると主張するが、同主張に沿う証人Fの証言は伝聞であって採用できない。

 

そして、原告居宅が本件建物と徒歩2分の位置関係にあり(同(1))、本件増改築等の内容・規模からみて賃貸人が当然認識し得ると考えられることや、証拠(乙15)に照らせば、本件増改築等は、前回訴訟の判決も認定するように(前記認定事実(4))、賃貸人の許可の下に行われたと認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

 

ところで、本件増改築等の内容・規模は、社会通念上、借家に対して賃借人が通常施すであろう内容・規模とは大きく異なり、いわゆる持ち家に対するものに匹敵するものといえる。

 

また、現在の貨幣価値にして600万円を超える費用(前記認定事実(3))も、持ち家に対するものであれば自然であるが、借家に対するものとしては不相応に高額といえる。

 

そして、亡B及び被告Y1が、夫婦で、上記のような本件増改築等を本件建物に施してきたのは、本件賃貸借契約が、もともと将来的には亡Bに本件建物を売却する可能性を内包するものであったため(乙15)、亡Aが、これを許容してきたことによると推認するのが相当である。

 

イ.被告Y1は、既に女性の平均寿命に相応する老齢にあり、多数の疾病を抱え、通院治療を受けながら、長女・被告Y2と本件建物に同居し、体力的にも無理があるとして、存命中は長年住み慣れた本件建物に居住し続けることを強く希望しているところ(前記認定事実(5))、

 

上記アのとおり、被告Y1が本件賃貸借契約の下で本件建物に持ち家同様の管理を伴う長期間の居住を許容されてきたことを踏まえると、上記のような状況にある被告Y1が、長年住み慣れた本件建物で居住を継続する利益は、単なる主観的な希望にとどまるものとは言い難い。

 

また、被告Y1の上記疾病のうち、特に肺気腫の進行は著しく、被告Y1は、外見上、本件建物から5分程度の駅までは休みつつ自力で出歩くことができ、周囲の制止にかかわらず喫煙も止めない状況にあるものの、医師から風邪でも生命に関わる事態になるとの注意喚起がされる状況にある(同前)。

 

そして、被告Y1が、既に平均寿命に相応する老齢にあることをも考慮すると、長年住み慣れた本件建物からの転居が生命・身体に関わる事態を引き起こすのではないかという懸念には、社会通念上客観的にみて合理的な根拠があるということができる。

 

以上の事情を総合すると、被告Y1には、客観的にみて、本件建物につき、極めて高い自己使用の必要性があるというべきである。

 

ウ.前記認定事実によれば、被告Y2は、婚姻後、本件建物を出て、亡Bの死後、高齢の母・被告Y1が多数の疾病を抱えて一人暮らしになったことから、本件建物に戻ったにとどまり(前記認定事実(3)、(5))、被告Y1の存命中は本件建物で同居したいが、その後は引越しもやむを得ないと述べるなど(被告Y2本人10、38~39頁)、被告Y1とは離れて独自に本件建物を使用する必要性があるとは思われない。

 

しかし、被告Y1が上記イのような状況にある以上、被告Y1と本件建物で同居する必要性は、被告Y1同様に、客観的にみて高いものというべきである。

 

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※本記事は、北村亮典氏監修のHP「賃貸・不動産法律問題サポート弁護士相談室」掲載の記事・コラムを転載し、再作成したものです。

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