「在宅での穏やかな死」をもっと身近に
■医師のジレンマ
私たち医師は、本来ならすべての病気が治ってすべての患者さんに元気になってもらいたい気持ちでいます。そのため、もう治すことできないと感じたときでも、まだもしかしたら良くなるかもしれないとどこかで思い「これ以上治療することがむずかしい」というつらい現実を早めに伝えることが苦手です。また、余命を正確に予測することは不可能ですし、余命を患者さんに伝えること自体にも賛否両論があるため、いつ、どの患者さんに、どう伝えるかは常に悩むところです。
ですが、私たちの躊躇が、結果的に患者さんの大切な時間をうばってしまうことになりかねないのも事実です。
あるがん終末期の患者さんは、主治医から余命の話がとくに出ていなかったため、「もう少し治療できるのかもしれない」と期待して入院の継続を希望しました。ですが、実際にはあと1か月もないという状態で、治療の継続はできないため、主治医は緩和病棟のある病院への転院調整をはじめました。そこで、ようやく本当のことを知った患者さんは、一変してこう言いました。
「あと1か月しかないなら、今すぐ家に帰りたいです」
この方は、翌日には退院され、最期の約1か月を無事ご自宅で過ごすことができました。ですが、ご本人がもともと家に帰りたいと希望していたからと、ご家族が自宅に帰ることを決断しても、やっと希望が叶って自宅に帰れたときには意識がほとんどなく、ご家族との会話もままならないという残念なこともあります。
もっと早く退院できていれば……と思わずにはいられない状況も、まだまだ少なくありません。
「こんなはずじゃなかったのに」という状況を避けるためにも、できるかぎり本当のことを共有できるよう、ぜひ、みなさんの方から医師に問いかけてみてください。医師もつらいジレンマを抱えていますが、みなさんから「自宅に帰ることも考えたいので本当のことを教えてほしい」と言われれば、きっと真摯に答えてくれるはずです。
■医療者側の意識改革も必要
病院には、在宅医療や在宅ケアの実際の現場を見たことがない医師や看護師もいるため、医療者側に在宅医療の具体的なイメージがなく、この状態で自宅に戻って大丈夫だろうか、家族が自宅でみていくことができるのだろうか、と医療者側が不安になってしまうという現状があります。その結果、「お家で過ごすのはむずかしいかも」と判断され、患者さんやご家族の自宅療養の選択肢すら消えてしまうことがあります。
納得のいく在宅死をもっと身近なものにしていくためには、病院側の医師や看護師の在宅医療への理解と、意識改革が大きな要素になってくると思っています。実際、在宅医療を経験したことがある、または在宅医療に送り出した経験がある医療者は、患者さんの「家で過ごしたい」に臨機応変に対応してくれることが多いものです。
病院の医療者から、「お家に帰っても、在宅の先生がしっかり診てくれるから大丈夫ですよ」と言われて帰ってこられた患者さんは、みなさん安心して在宅医療を受け入れられているように思います。
最近では、看護学生や医学生の実習中、または医師の初期研修中にも、在宅医療を経験できる機会がでてきたので、あと20年もしたら状況は変わっているかもしれません。自宅療養がすべての方によい選択だとは思っていませんが、選択肢の一つとして、医療者側が自信をもって提案できるようになるといいな、と思っています。
■知っていただくことが第一歩
実際、私が訪問診療に伺うと「こんな仕組みがあるなんて、ぜんぜん知らなかった」と患者さんに言われることが本当によくあります。
けれども現在の在宅医療・在宅ケアはかなり進歩しています。特に終末期においては、病院とほぼ変わらない医療が可能ですし、訪問看護や訪問介護、デイサービスなどの介護保険サービスで暮らしを支える在宅ケアの仕組みもしっかり整っています。
最近は、テレビドラマでも在宅医療や介護のシーンが増えてきたように思います。もちろん、実際とは異なることもありますが、何となく聞いたことがあるというだけでも、ご自分やご家族が在宅医療・在宅ケアを必要とするときに違ってくると思います。在宅医療を身近に感じてもらえるように、私も努力し続けたいと思っています。
中村 明澄
在宅医療専門医
家庭医療専門医
緩和医療認定医
↓コチラも読まれています
ハーバード大学が運用で大成功!「オルタナティブ投資」は何が凄いのか
富裕層向け「J-ARC」新築RC造マンションが高い資産価値を維持する理由