パフォーマンスが高い人は、ストレス対処能力も高い
ここで、①仕事のストレス要因を「火の強さ」、②個人のストレス対処能力を「やかんの材質」、③心身のストレス反応を「お湯の温度」に例えてみます(図表5)。
火が強い(ストレスが強い)と、お湯の温度が早く上がり(ストレス反応が早く出)ますが、やかんの材質がお湯が沸きにくいものでできていると、湯温が上がりにくく(ストレス反応が出にくく)なるという関係にあります。
つまり、ストレス増強要因でストレスの強さが分かり、ストレス緩和要因でストレスを抑える力の強さが分かります。それに個人のストレス対処能力を加味すると、最終的な心身のストレス反応が「見える化」されます。
対処能力というのは、ストレスに対処するための能力のことですが、別の角度から見ると、パフォーマンス(業務遂行能力)が高い人は、それを常に維持したり、仮に一時的に落ち込んだりしても元に戻す感覚が優れています。強いストレスに直面したときのパフォーマンスの回復が上手なため、結果的にストレスへの対処も上手なのです。
「生産性=能力×時間×パフォーマンス」という計算式に基づいて言えば、18年間のストレスチェック事業で得られたビッグデータの解析から、このパフォーマンス(業務遂行能力)の正体(作用や働き)を自己信頼度と前向き度でとらえることがきます。
これらを数値化することで、いわゆるコンピテンシーと呼ばれる概念とオーバーラップする領域を定量的に評価できるようになるものと考えています。
「個人のストレス対処能力」における2つの指標
長く勤めるほどストレスに強くなる…そのワケは「自己信頼度」にあり
パフォーマンスの定量化に応用できそうな指標である個人のストレス対処能力の自己信頼度(自己効力感)は、1980年代にスタンフォード大学教授であった、カナダ人心理学者のアルバート・バンデューラ博士(A. Bandura)により提唱された概念です。行動を起こす際の先行要因として「結果予期」と「効力予期」の2つの要素があります。
結果予期とは、目的達成のために何をすればよいのかという対処行動についての理解度を把握する指標で、仕事でいえば、何をどんな順序で実施すれば、その仕事を成し遂げられるか知っている人ほど打たれ強いということです。
効力予期とは、その対処行動を実際に遂行できるという期待を自分に対してもっている人ほど打たれ強いということです。
要するに、まずやり方を知っているかどうか、かつ知っていてそれが自分にできると思えるかどうかが自己信頼です。
入社したての新入社員は、仕事のやり方を初歩から教わり、また自己学習しますが、結果予期が低いためにストレスに対してうまく対処できません。それが3年も経てば、自分にはできると思えるようになる、つまり自己信頼度(結果予期)が高くなるためストレス対処能力も高まります。
一方、勤続10年のベテラン社員は仕事のやり方を熟知するだけでなく、この会社の仕事なら大抵のことは自分にできると思えるようになり自己信頼度(効力予期)が高まります。
どんな苦境でも心身の健康を保つ“能力”、「前向き度」
続いて、もう一つの要素である前向き度(首尾一貫感覚)は、健康社会学者アーロン・アントノフスキー博士(A. Antonovsky)により発表された概念です。アウシュビッツ収容所で過酷な体験をしたユダヤ人の7割になんらかの健康問題が生じ、残り3割は究極のストレスを経験しても、その後、心身の健康を保ち明るく前向きに生きました。その人たちに共通している特性を研究した結果、前向き度(首尾一貫感覚)を発見しました。これには「有意味感」「把握可能感」「処理可能感」の3つの要素があります。
有意味感とは、どんなにつらいことに対しても、なんらかの意味を見出せる感覚です。
人間、こんなことをして何か意味があるのかと思えば無力感に囚われ、不調に陥ります。
逆に同じことをしていても「これは滅多にできない貴重な経験だ」というように新たな意味を見出せるとやる気が出てきます。
把握可能感とは、直面した困難な状況を秩序だった明確な情報と受け止められる感覚です。例えば明日はどうなるか、明後日はどうなるかということがある程度予想・予測できると思える感覚のことです。どんなに大変なプロジェクトでも、一生続くわけではなく今月一杯で一段落すると分かっていれば乗り切ることができます。しかしやり遂げるまでは終われない、それがいつか分からないという状況下では、力を発揮できず不調を訴える人が次々と出てきます。
コロナ禍ではメンタルの不調を訴える人が増えており、社会問題になっています。これもコロナ禍の収束が見通せず、先行きが不透明だからです。弊社ストレスチェックの顧客企業の集計結果からは、2020年9月以前には問題なかった「把握可能感」の数値が、同年10月以降、悪化しており、今を踏ん張る力(内なるパワー)が弱まっているという結果が出ています。
処理可能感は、どんなにつらいことに対しても「やればできる」と思える感覚のことで、自己信頼度の効力予測と似ています。これまでの仕事で経験した自信をベースに「ここまでは自分の力(経験値)でできるが、その先の未知の部分は上司や先輩の力を借りよう」と柔軟にとらえ仕事に取り組みます。こうした感覚は、特に「修羅場」といわれる状況下では必須の「底力」とでも呼べるものです。
前向き度とは、どんなに困難でつらい状況でも、自分がやろうとすることに意味を見出し、その先の見通しをもって、自分には必ずできると思える感覚の集合で、よくいわれる「ポジティブ・シンキング」に似た概念かもしれません。
前向き度は「性格」ととらえられることも多いのですが、これは「能力」なので、仕事を通じて育てる(鍛える)ことができます。年齢とともに経験値が高まることで、前向き度も自己信頼度も、ともに高まることが分かっています(図表5、6)。
経験値の蓄積によって、自己信頼度や前向き度が自然に高まるのに任せるのが今までのやり方でした。今まではデータを大量に経時的に取得したことがなかったため、後付けでこうした事実が分かったわけですが、逆に考えると、自己信頼度や前向き度のエビデンスを元に人材を育てることができる時代になったといえます。
さらに重要なことは、上司と部下の前向き度に正の相関関係があるということです(図表8)。上司の前向き度が高いと部下、ひいては職場全体の前向き度が高まることが分かっています。このエビデンスを人材配置に活用することができるのです。
梅本 哲
株式会社医療産業研究所 代表取締役
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