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「強い農業」が日本経済を元気にする
現在は、それらの規制が酪農家を守っていることになっているのですが、逆に酪農家の数は減り続けています。実は、守ることができていないのです。戦後の復興から酪農を育ててきた面はあるにしても、古いスタイルの農業の形や、なおかつ少しだけ市場原理を活用した事実上の配給に近いような仕組みは、限界にきているのではないか、というのが現在の酪農の体制です。
最初に、「日本の牛乳はとても美味しい」と書きました。日本の農業は競争力がないと言われることがよくあります。しかし、海外の製品と比べると、別次元の美味しさです。日本産の安全で高品質の乳製品は、海外で販売すると現在とはまったく違う価格で売れるかも知れないのです。
日本にいると、もうずっと経済が停滞しているので実感しづらいのですが、実は、市場は国外で拡大しています。世界の経済成長はどんどん進んでいます。少し前の時代とは異なり、先進国にしかマーケットがないということもありません。
現行の体制を何とか維持しようとするよりも、拡大する国外市場に対して商品を供給していけるようなブランド力や、それを可能にする体制を作っていく方が重要です。縮小する市場に合わせて、生産者をただ縛りつけておくよりは、むしろ市場が大きくなっているところへ打ち出していって、安定供給することによって国内への安定供給を支える方が合理的です。
酪農や農業に限らず、規制改革を行うと日本の産業は潰れてしまうのではないかと心配する声も聞きます。しかし、今、何もしなくても潰れていっているのです。酪農に関して言えば、酪農家の数も減っていれば、生産量や供給量も減っている状況にあります。今の制度下では、単純に産業が衰退していくだけです。
今の体制を続けていけば、日本の小さな市場の中で農家はジリ貧になっていくでしょう。現在の世界経済の状況では起こりにくいことですが、突然世界中の貿易市場が閉じてしまうようなことが起こったとします。そんなとき、国内の生産力は急には増やせません。今の体制を変えて、海外市場に安定供給ができる力を持っておけば、もし海外の市場で何か起こっても、国内には農家の生産力がたくさん残るのです。
そうした体制の転換に成功した事例がひとつあります。同じ牛ですが、こちらは食肉です。
牛肉を保護していたときも、規制緩和で海外輸入の牛肉が入ってきたら、畜産農家は潰れてしまうと叫ばれていました。実際には、日本の畜産農家は「和牛」という高級ブランドを生み出します。生産コストに見合った値付けがされるので、国内消費者にも日常消費には手が出ない価格となりましたが、一方で和牛が外国に知られることで海外産の牛肉も日本でもっと売るために改良が進みました。消費者にとってこれは喜ばしいことです。
それだけでなく、人口が縮小していくことが分かっていて、しかも購買力のない日本市場には外国もコストをかけてわざわざ良い商品を売りにはきません。海外の伸びていく人口に対して、日本ブランドを十分に供給できるような「強い農家」を日本に作っていくことが日本経済を元気にします。経済が元気なら、日本の市場は国産でも輸入でも商品が手に入り、食卓が元気になります。これは、日本にとって本当の意味での食糧安全保障につながるのです。
渡瀬 裕哉
国際政治アナリスト
早稲田大学招聘研究員