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思考の癖を利用すれば患者の行動を変えられる
■患者の個人特性を情報処理の視点で捉えてみる
人間は、直観的思考により印象や感覚を生み出し、この印象や感覚が熟考的思考の形成する、明確な意見や計画的な選択の重要な材料となる(Kahneman,2011)。つまり、一人の人間の脳の中には2つの思考スタイルが存在し、相互作用が起きていると考えられている。
この二系統の思考スタイルを、一人の人間がもつ思考パターンではなく、パーソナリティ理論に発展させ、個体差を測るための尺度であるREI(RationalExperiential Inventory)を開発したのはEpstein et al.(1996)である。
REIは、個人の合理的思考と直観的思考を得点化し、高低群に分類する。合理的思考が高い人は合理解を選択しやすく、ヒューリスティクスな反応は少ない。また、非合理的で直観的思考が高い人は直観解を選択しやすく、ヒューリスティクスな反応が多いことを予測した(Epstein et al., 1996)。
なお、研究結果では合理的で論理的な考え方は男性に関係し、直観的で感情に基づく考え方は女性に関係していることを報告している。内藤ほか(2004)は、日本版REI である合理性-直観性尺度を作成し、大学生276名を対象として調査を行い、信頼性と妥当性の検討を行った。また、Marks et al.(2008)は、青年向け改良版REI であるREI-A(Rational Experiential Inventory for Adolescents)を開発した。
実証研究では、Epstein et al.(1996)が開発したREI、日本版REI(内藤ほか,2004)、REI-A(Marks et al.,2008)を参考にして、患者を非合理的システムである直観的な思考が高い患者群と合理的システムである熟考的な思考が高い患者群の二群に分類した。これは、各患者の活性レベルを得点化して、個人特性を検討し、患者を直観型思考と熟考型思考に分類している。思考スタイルによる患者の個人特性が明らかになれば、患者の情報収集の違いが理解でき、情報提供の在り方が明確になる。
ヒューリスティクスとバイアスとは、合理的ではない人間が意思決定を下す時によりどころとする簡便な手がかりとなる方法と、その結果生じる判断や決定の偏りのことである(友野,2006)。ヒューリスティクスとは、直観的思考がとる単純化された「近道」であり、バイアスをもたらす(Kahneman,2011)。
バイアスとは、人の思考や判断の癖であり、特定の偏りをもたらす。つまり、直観的思考は、バイアスや錯覚を起こしやすい。
ナッジ(Nudge)は、人間の惰性やバイアスを利用して、望ましい行動に誘導するものである(板谷・竹内,2018)。ナッジは、人の思考の癖を利用した選択肢の提示手法であり、患者の行動変容を促すことを可能にする。