非合理的に考える思考と合理的に考える思考
この二系統の思考スタイルは、疾患に関係することが推測できる。例えば、糖尿病患者の自己管理の困難性と思考スタイルの関係は、多くの研究で示されている。この糖尿病は、継続的な通院による医療管理や服薬、食事コントロールが重症化を防ぐうえで重要であるが、通院を中断する患者が問題視されている。通院の中断者は、全身が異様にだるいなど様々な自覚症状を訴えるものが多い。
その一方で、本人の意識として治療しても変わらないといった結果に対して期待の低い患者が多いことが報告されている(李ほか,2003)。また、自分が糖尿病に罹患しても、非糖尿病状態の時と同じような認識にとどまる人は、コントロールが悪い可能性が報告されている(江本,2012)。
つまり、糖尿病の改善には、セルフコントロールが関係していることが考えられる。例えば、禁煙も同様であり、セルフコントロールが影響している。このセルフコントロールには注意と努力が必要であり、思考や行動のコントロールは、熟考的思考であるシステム2の仕事である。
直観的思考のシステム1は甘党であることが示されており、セルフコントロールが機能しないと好きなものを食べてしまい、ダイエットをやめてしまう。(Kahneman,2011)。このことから推測すると、セルフコントロールが重要な、糖尿病以外の生活習慣病を含む慢性疾患も、思考スタイルが影響している可能性がある。
思考スタイルと慢性疾患患者の受診先選択の関係を検討することは、患者の意思決定を情報処理システムの視点で理解し、認知を考慮した情報提供・伝達や訴求方法を検討できる。これは、新しい試みであり、過去にない知見が得られると考える。
そこで、本連載で後述する実証研究では、継続受診のための受診先選択における意思決定について、情報処理システムに関する二系統の思考スタイルを援用して説明する。
■直観的で非合理的に考える思考と、熟考的で合理的に考える思考
人は意思決定を下す時、非合理的で直観的な思考と合理的で熟考的な思考の二系統の思考スタイルを、状況に応じて使い分けている(Croskerry,2009)。
Daniel Kahneman は、不確実な状況下における意思決定モデル「プロスペクト理論」などを経済学に統合した業績が評価され、2002年に心理学者にしてノーベル経済学賞を受賞した。Kahneman(2011)が執筆した書籍『Thinking,Fast and Slow』は、2019年9月「The New York Times」の米国ビジネス書月間ランキングトップ8に選ばれている。
日本では、「ファスト& スロー あなたの意思はどのように決まるか?」と邦訳され、多くの人に読まれている。この書籍では、システム1である直観的・感情的な「速い思考」と、システム2である意識的・論理的な「遅い思考」について示しており、比喩を巧みに使い意思決定の仕組みを解き明かしている。
この二系統の情報処理は、二重過程理論(二重過程モデル)と呼ばれている。この二系統は様々な名称で理論化されているが、中でもシステム1とシステム2は、多くの人が知る判断と意思決定の理論である。また、Epstein et al.(1994)は、直観的思考(Intutuive)をExperiential(経験的)、熟考的思考(Reflective)をRational(合理的)と記述している。
直観的思考は経験則的であり、情緒的な情報処理が行われる(Kahneman & Frederick, 2002)。この直観的思考は、感情や直観を使うことへの認識と喜びを持ち、直観的な印象や感情を重要視する。一方、熟考的思考は合理的で分析的な思考であり(McLaughlin et al., 2014)、規範的で論理的な情報処理が行われる(Kahneman & Frederick, 2002)。
本連載では、この二系統の思考スタイルを直観的思考と熟考的思考に統一する。