期待と結果の不一致の差で満足が決まる
本連載では、慢性疾患患者を対象としていることから、慢性疾患患者が多く利用する外来診療に焦点をあてて、患者満足の研究を整理する。この領域においては英国、米国の研究が先駆的、代表的であることから、英国、米国と日本の3カ国の文献を中心にまとめ、外来診療の患者満足について理解を図る。
期待概念は患者満足の中心的理論である
患者満足研究のレビューでは、患者満足の中心的理論として期待概念に着目している。そこで、期待概念の代表的理論である期待不一致モデル、パフォーマンスモデル、期待の水準と期待形成の困難性について整理する。
①期待不一致モデル
患者満足研究における期待概念の代表的理論では、期待不一致モデルがあげられる。これは、患者が抱く受診前の医療サービスに対する期待の水準と、受診後の実際に受けた医療の結果に対する評価との相違により起こり、不一致の差によって満足が決定されると考えられている。
患者満足は、医療サービスに対する患者の事前期待と実際に受けた医療の認識との不一致の差により決定しており、ほとんどの患者満足調査では、暗黙のうちに不一致理論のアプローチが用いられている(Pascoe, 1983)。
この理論は米国の経営学者であるOliverによって提唱され(図1)、一般的に、商品やサービスに対する顧客の満足・不満足は、顧客がその商品・サービスから得られる事前に期待した水準(期待水準)と、実際に体験を通して感じた知覚水準、そして、期待水準と知覚水準が一致している度合いによって決まると考えられており、顧客満足モデルの最も支配的な理論とされている(小野,2010)。
期待概念を用いた患者満足の実証研究は、古くから、様々な研究者により行われている。例えば、Larsen and Rootman(1976)は、プライマリ・ケア医による医療サービスのパフォーマンスが患者の期待に適合すればするほど、患者はその医師のサービスに満足するという期待不一致理論を活用した仮説を、カナダの907人に対するアンケート調査により実証している。
質問は、プライマリ・ケア医に対する期待と知覚に関するもので、回答者の個人および家族の特徴、健康状態、病気、健康関連の知識、医師の治療に対する期待、職務の成果についての知覚に焦点を当てた。
その結果、医師による治療の成果が期待に合致するほど、患者は医師のサービスに満足していることを明らかにした。したがって、患者満足で重視すべき点は、医師が患者の期待を満たすことであり、患者の期待と医師による職務の成果とのギャップをいかに減らすかが重要である。また、満足が高い患者は、医師への批判が少ないことが明らかになった。
Linder-Pelz(1982b)は、マンハッタンのプライマリ・ケア・クリニックにて、初診患者を含む125人に対して、期待概念を用いた仮説を検証した。この調査は、医師の診察直前にデータを収集し、患者の医療への期待と価値、知覚を確認したものである。対象者の年齢は19~95歳であった。その結果、医師に対する事前の期待と患者が知覚した医師の行動に対する不一致理論を用いた仮説は支持され、期待と知覚が患者満足に貢献していることを結論づけた。
Taylor and Cronin(1994)は、米国南東部の中規模都市の保健医療サービスを利用している患者227名を対象に図2に示す「①(医療の)パフォーマンス」、「②(患者の医療サービスに対する)期待」、「③患者満足」、「④不一致」、「⑤サービスの質」の5つの因果関係について、リサーチモデルを用いて仮説検証を行った。
その結果、医療のパフォーマンスの向上は、直接的に患者満足に影響を与えるのと同時に、患者の期待を現実が上回り(正の不一致)、患者満足を高める。医療のパフォーマンスの向上は、医療サービスの質を高める。
また、患者の期待が高まると、期待を現実が下回り(負の不一致)、患者満足は低下し、サービスの質も低下する。最後に、サービスの質と患者満足は、正の相関関係があることを検証している。彼らは、期待が現実との不一致を経由して、患者満足に間接的に影響を与えることを実証したが、これら要因の因果関係について更なる研究が必要であることを指摘している。
欧米では、期待概念を取り入れた患者満足の測定が多く研究されているが、我が国においては、期待に着目した患者満足研究はわずかである。その理由として、一般的に、日本人は米国人のように明確な期待を持たないため、期待概念が適用しにくいことが指摘されている(堀,2005)。また、医療サービスなどの信用財、経験財は探索財などに比べて期待形成が不安定であり、期待の影響を受ける満足の管理は難しいとされている(森藤,2009)。
余田(2001)は、事前期待と期待不一致モデルおよびパフォーマンスに注目し、事前期待とパフォーマンスとの不一致が患者の満足に及ぼす影響について仮説検証を行った。調査は2病院での内科外来の初診患者に対して行われ、受診前に事前期待を回答してもらい、パフォーマンスと満足に関しては帰宅後に回答を求めた。回帰分析の被説明変数は、総体的満足度、再利用意図、他者推奨意図の3つとした。
その結果、事前期待とパフォーマンスの不一致と患者満足の間には有意な相関が認められた。また、パフォーマンス変数について、症状の改善、看護師の技能・対応は、総体的満足、再利用意図と他者推奨意図へ有意な影響を及ぼしていた。不一致変数については、快適性の不一致が総体的満足へ影響を及ぼし、待ち時間の不一致は、再利用意図へ影響を及ぼし、医療機器・設備の不一致は、他者推奨意図に有意な影響を及ぼしていた。
この調査は、サンプル数が49人と極めて少なく、大規模調査に先行するプリテストとして位置づけられており、一般化するのは難しい。しかしながら、我が国では極めて少ない期待理論を活用した患者満足研究と言える。
滝川(1997)は、総合病院の精神神経科外来において、初診患者230人を対象としてサービス評価と施設や選択要因に関する研究を行った。ここでは、事前期待の増減とともに満足が増減すれば不満は生じないが、事前期待が増加し満足が低下すれば不満の原因となると考えた。事前期待については、17項目の中から外来受診時に期待を寄せていた項目を3つ選ばせ、事前期待を確認した。
その結果、他者からの紹介による初診患者、および個人の判断で受診を決めた初診患者は、医師への事前期待が高く、満足が高いことが明らかになった。