コロナ禍が切り開く新たなビジネスモデル
■アートギャラリー
私の自宅のダイニングルームには、ブレンドン・マクノートンという才能ある作家の素敵な現代絵画が飾ってある。多くの作家同様に、マクノートンも展覧会での作品発表に大きく依存していた。
現在、マクノートンは自らの作品を制作するかたわら、アート・ゲートVRという会社を立ち上げ、経営に携わっている。この会社は、アートファンや美術コレクター向けに、さまざまな展覧会やアートイベント、作家とのQ&Aセッションなどの機会をオンラインで提供しており、ユーザーは自宅でウイルス感染を心配することなく楽しめる。美術品バイヤーは、世界のどこからでもオキュラスというVRヘッドセットを使い、没入感のあるインタラクティブな環境で作品の鑑賞・購入が可能だ。
作家やギャラリーのオーナーと話したり、特定のテーマに沿って組み立てたアートツアーに参加したりする機会もあり、違和感のない直感的なかたちでギャラリー空間を歩き回ることができる。アートギャラリーの味わい方を一変させるだけでなく、美術業界の経済的側面も大きく変わるはずだ。
バーチャルだから、作家は1つの作品を複数のギャラリーに同時に展示できる。しかも旅費や展覧会準備の費用は不要だ。アートバイヤーにとっても、展覧会に足を運ぶ費用が浮くことになる。要するに、作家はこれまで以上に多くの人々に作品を見てもらえるうえ、展覧会の開催コストも抑えられる一方、バイヤーにとっては、交通費を抑えつつ、たくさんの展覧会に顔を出せることになる。
やはりここでも、パンデミックによって、デジタルイベントと実際のイベントを組み合わせた新しい独創的なスタイルの市場が開拓されたのだ。もちろんオンラインのイベントが、現実世界ならではの音や匂い、身体性に取って代わるまでには、しばらく時間がかかるかもしれないが、現実味のある選択肢であることは確かで、収益モデルとしても成立しそうな可能性を秘めている。消費者の体験を重視するプロデューサーにとっては、一気に多くの対象者に訴求できるようになる。
■経験価値とのトレードオフ
こうしたデジタルの代替策が、少なくとも短期間で従来の対面方式に完全に取って代わることはあり得ない。だが、かつては考えられなかった体験の選択肢や新たなビジネスモデルに道を開くことになる。
そもそも、この手のデジタルゆえのメリットとデメリットのさじ加減は今に始まった話ではない。私たちは消費者として常にこうした折り合いをつけている。音楽のストリーミング配信が初めて世に登場した際、CDやレコードに比べて音質が劣る点を指摘する声が一部にあった。