オンライン音楽イベントに2000万人が参加
■テクノロジーで再定義される体験の「価値」
「ライブのエネルギーや雰囲気に勝るものはないね」
そう語るのは、ロックバンド「ニルヴァーナ」の元ドラマーで、解散後は「フー・ファイターズ」のフロントマンを務めるデイヴ・グロールだ。
「お気に入りのアーティストのステージを生で見たら、生きててよかったって感動しますよ。薄っぺらな映像ではそうはいかない。(中略)憧れのスーパーヒーローが目の前で生身の姿を見せてくれるんだから」
このライブ会場での感動に満ちた高揚感に異論を挟む余地はない。コンサートでも講演でもスポーツでもいいが、イベントを生で見て感動や興奮でゾクゾクした経験は、誰でも一度くらいはあるだろう。
私も講演の舞台に立つ身であり、1000人もの聴衆が詰めかけた会場でみんなが同じ時間を過ごし、考えや笑いを共有するという、えも言われぬ気持ちは自分自身、実感している。この体を電気が走るような興奮は、何ものにも代え難い。
こうした体験は、コロナ禍によって門が閉ざされてしまった。世界中でスタジアムやコンサートホール、ホテルの大宴会場、映画のセットが空っぽになり、気苦労なく過ごせた時間は過去のものとなってしまった。
その代わりに、別の動きが見られた。誰もが知恵を絞り、アイデアを凝らした結果だ。
慈善団体グローバル・シティズンが世界保健機関(WHO)と手を組み、ペプシをスポンサーに迎えて開催した「ワン・ワールド:トゥギャザー・アット・ホーム」というオンライン音楽イベントもその1つ。コロナ禍への対応や医療従事者を支援するため、さまざまなミュージシャンが出演した。このストリーミング配信を楽しんだ聴衆は2000万人に上り、1億3000万ドルの収益が寄付された。
出演者は、ローリング・ストーンズ、ビリー・アイリッシュ、リゾ、ジェニファー・ロペス、キース・アーバン、エルトン・ジョン、スティービー・ワンダー、ショーン・メンデス、カミラ・カベロ、レディ・ガガ、ポール・マッカートニー、ジョン・レジェンド、サム・スミス、セリーヌ・ディオン、アンドレア・ボチェッリら、錚々たる面々だった。
これだけのアーティストをスタジアムに集めてライブイベントを開催することなど、まず不可能に近く、仮にできたとしても、とてつもない費用がかかる。しかし、ライブのストリーミング配信と事前収録済みの動画を組み合わせることで、世界各地にいるアーティストが一堂に会したようなイベントを実現できたのだ。