※画像はイメージです/PIXTA

政府は最低賃金を平均3.1%引き上げることを決めました。コロナ禍での不況にあえぐ労働者の生活改善が狙いなのは当然ですが、同調する識者からは、国際的に見て低すぎる最低賃金の是正や、人材を安く使い倒そうという企業への圧となることを期待する声も上がっている模様です。しかし、ここは冷静に「まず賃上げありき」の理論がはらむ危うさを認識すべきだといえます。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。

政府は「最低賃金平均3.1%引き上げ」を決定したが…

2021年7月16日、第61回中央最低賃金審議会において、最低賃金を平均3.1%引き上げると決定されました。これを受けて都道府県ごとの引き上げ幅が今後決定され、秋から最低賃金が引き上げられることになりそうです。

 

最近は毎年3%程度の上昇を続けており、昨年は新型コロナ不況の影響で引き上げ幅はほぼゼロにとどまりましたが、今年度は再び3%強の引き上げとなるわけです。

 

筆者としては、昨年は不況が深刻だったので最低賃金は引き下げるべきだと思っていましたし、今年も決して景気は好調とはいえないので、引き上げるべきではないと考えています。

 

なぜなら、最低賃金が高すぎると失業が増えてしまうからです。

最低賃金が高すぎれば、人を雇わない企業も出てくる

最低賃金という制度は、相対的に力が強い雇い主が労働者を不当に安い賃金で酷使することを防ぐという趣旨なのでしょう。趣旨自体には納得できますが、「弱者保護が弱者を苦しめかねない」といわれるように、最低賃金をあまり高く設定すると、「それなら雇わない」という企業が増え、労働者の失業が増えてしまいかねません。

 

したがって、最低賃金は「均衡賃金」と等しくなるのが望ましい、ということになります。

 

※ 均衡賃金とは、労働力の需要(求人数)と、供給(働きたい人の数)が等しくなるような時給のこと。

 

最低賃金を均衡賃金より高く定めてしまうと、上記のように失業が増えてしまいますが、一方で、最低賃金を定めなかったり均衡賃金より低いところに定めたりすると、相対的に力が弱く情報量も少ない労働者が、均衡賃金を下回る安い賃金で酷使されることになりかねないからです。

景気動向によって変動する「均衡賃金」

働きたい人の人数は景気によって増減しないのが基本ですが、場合によっては、夫の残業代が減ったので妻がパートで働く必要が出てきた…といったように、景気の悪化が労働力供給を増加させる場合もあります。

 

一方で、求人数は景気が悪化すると減少するので、均衡賃金は景気が悪化すると低下することになります。景気が回復すると、反対に均衡賃金が上昇するわけです。したがって、景気が悪化したときには最低賃金を引き下げ、景気が回復したら再び引き上げる、といった機動的な対応が必要なわけです。

 

実際には、景気が悪化してから引き下げるのでは遅いので、景気の悪化が見込まれたら引き下げ、景気の回復により労働力不足が見込まれるようになったら引き上げる、といったことが望ましいですが。

 

これに対し、均衡賃金の低下にしたがって最低賃金を引き下げることで、労働者全体の収入が大きく減少する場合もある、といった懸念が寄せられることがあります。

 

わずかな失業者を救うために最低賃金を大幅に引き下げなければならない場合には、むしろ最低賃金を維持しつつ、少数の失業者には失業手当等を支給する、という方法もたしかにあるでしょう。

 

賃金が少し下がれば求人が増えるのか、大幅に下がらないと求人が増えないのか、そこの予想は難しいですが、景気の予想とあわせてそれらも予想し、最低賃金を決めるのが望ましいですね。

失業のダメージは、経済面だけにとどまらない!

もっとも、筆者はそれでも最低賃金は原則として均衡賃金と同じところに定めるべきだと考えています。失業は労働者にとって収入面以外にもダメージを与えるため、失業手当を支払えばいいというものではないからです。

 

仕事がないと、自分が世の中で必要とされているという意識が持ちにくくなりますし、社会との接点が減ってしまうことでも、さまざまな問題が生じかねません。

 

影響は失業者に限りません。失業率が高くなると、いまは失業していない人たちの間にも、自分も失業するかもしれないという不安が広がる心配があります。これは決して望ましいことではありません。

 

とりあえず、最低賃金を少しだけでも引き下げてみて、求人数がまったく増えず、失業者がまったく減らないようであれば、そのときにはあきらめて失業手当を支払う、ということであれば止むを得ませんが、最初から最低賃金を引き上げるというのは愚策としかいいようがありません。

 

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