「年収の壁」を「年収の坂」に変えよう
「年収の壁」という言葉があります。複雑な年金制度ですが、サラリーマン(サラリーウーマンや公務員等を含む、以下同様)の専業主婦(専業主夫を含む、以下同様)の場合、たとえば年収が130万円を超えると社会保険料の支払い義務が生じます。そのため、年収を130万円以下に抑えるよう、働く時間を調整するパート労働者が多い、といったことを指します。
働く意欲も能力もある人が「年収の壁」を気にして働く時間を自制するのは、労働力不足の世の中で大変もったいないことです。そうしたことがなくなるよう、筆者も強く願っています。そのためには、年収の「壁」を「坂」に変えればいいでしょう。
大雑把に、パート労働者の社会保険料は「30万円」だとしましょう。その場合、「130万円を超えたら負担が一気に30万円増える」のではなく、「年収100万円を超えたら超えた額の半分を徴収するが、徴収額は最大で30万円とする」というふうに変更すればいいのです。
たとえば、110万円の年収がある人は、5万円の社会保険料を、120万円の年収がある人は、10万円の社会保険料を支払う。
そうすれば、年収160万円以上の人は今まで通り30万円を払うので、長く働けば収入が増えますし、年収が100万円と160万円の間の人も、長く働いて多く稼げば稼いだ分の半分は手取りが増えるわけですから、働く時間を制限する必要はなくなるわけです。
年収の壁がなくなり、坂になるわけですね。
政府、社会保険料を肩代わりする企業に助成金を出す方針
報道によれば、政府は、賃上げや労働時間増加によって新たに社会保険料の負担が生じた労働者に対し、企業が社会保険料を肩代わりする場合、従業員ひとりあたり最大50万円を助成する制度の創設を検討している模様です。
しかし、筆者には愚策に思えます。政府の助成の割合にかかわらず、年収の壁をなくすということは、労働者から見れば「今後、パート労働者は年収が130万円を超えても社会保険料を払わなくていい」というのと同じことです。それは「いますでに社会保険料を支払っているパート労働者」との間で著しい不公平を生じます。
加えて、制度設計を慎重に行わないと、大変な不都合が生じるかもしれません。もしかすると、いま年収130万円以上働いているパート労働者は、ほぼ全員が一旦退職して翌日に年収129万円で働き、その翌日に従来通り年収130万円超で働くことになるかもしれません。
すでに働いて社会保険料を払っているパート労働者でも、一旦退職して新たに年収129万円で働き始めれば社会保険料の支払いを免れますから、免れたあとで働く時間を元に戻せば「新たに社会保険料の負担が生じた労働者」と認定されるかもしれないからです。
そうすると、パート労働者はだれも社会保険料を支払わなくなり、企業と政府が全額肩代わりすることになりかねません。そうした抜け道を封じておく必要があるわけですね。
問題は「サラリーマンの専業主婦」の優遇
非正規労働者はサラリーマンに比べて恵まれないのだから、社会保険料は国と企業が肩代わりしてもいいではないか、という意見もあるかもしれませんが、非常に大きな問題があるのです。
それは、自営業者の専業主婦や独身者や失業者の専業主婦等は、もともと所得にかかわらず社会保険料を支払っているので、今次制度の対象とならない、ということです。
これは、今次制度が悪いのではなく、そもそも、自営業者の専業主婦は社会保険料を支払わなくてはいけないのに、サラリーマンの専業主婦は社会保険料を支払わなくてよい、という制度が問題なのですが、今次制度がその格差を拡大してしまうのです。
サラリーマンの専業主婦も社会保険料を払うことにすれば、年収の壁の問題は一気に解決します。激変緩和措置として「直ちに年収の壁を年収の坂に変更したのち、少しずつ社会保険料が発生する所得金額を下げていく」ということにすれば、年収の壁の問題は直ちに解決し、不平等の問題も将来的には解決するでしょう。ぜひ、そうした事を検討していただきたいと思います。
最後に、初心者向けに年金制度を簡単に解説しておきましょう。
公的年金制度は2階建てとなっています。1階部分は全員が加入する国民年金、2階部分はサラリーマンだけが加入する厚生年金です。
1階部分は全員が加入するのですが、国民が3つのグループに分けられています。サラリーマンは厚生年金保険料を払うことで国民年金保険料も払ったことにしてもらえます。サラリーマンの専業主婦は配偶者が厚生年金保険料を払ったことで自分も国民年金保険料を払ったことにしてもらえます。それ以外の人々は自分で国民年金保険料を払わなければなりません。
つまり、サラリーマンの専業主婦は、配偶者が失業したり脱サラしたり離婚したりしたら、国民年金保険料の支払い義務が生じるのです。これは不公平だ、と筆者は強く思っています。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義
経済評論家
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