「地域医療のためならば…」厚労省関係者のアドバイス
当グループの運営施設の1つである常磐病院が、2021年3月30日付で「基幹型臨床研修病院」の指定を受け、2022年4月から、初期臨床研修医を採用できるようになりました。本稿では、基幹型臨床研修病院の指定を獲得する準備がどのように進んだかをお話したいと思います。
指定獲得の準備は、東北厚生局に訪問することからスタートしました。
現在、臨床研修病院の指定権限を持っているのは都道府県ですが、2019年度までは地方厚生局が持っていました。福島県内の病院であれば、2019年度までは東北厚生局の指定、2020年度からは福島県の指定です。
筆者らが東北厚生局を訪問したのは2019年12月です。あと数ヵ月で指定権限が厚生局から県に移管されるという時期でしたが、「県への移管を待ってから調整しよう」などと悠長なことを言う選択肢は、せっかく常磐病院での研修を希望してくれている医学生のスケジュール的を考えると、あり得ないことでした。
はじめに東北厚生局を訪問するというのは、以前から交流があった厚労省の方のアドバイスによる行動でした。この方には、「地域医療のためならば」ということで、指定獲得の準備全体を通して様々なアドバイスをいただきました。厚労省本省医事課の担当者に話を聞いてくださったところ、県に指定権限が移管される前に厚生局と話を詰めておくのが良いとのことでした。
厚労省の方より基本的なことから教えていただくことができ、「参照している通知が最新のものではない」という事実が判明しました。
さっそく、ときわ会グループの常盤峻士会長や土屋了介顧問、常磐病院の新村浩明院長、臨床研修関連の推進役であった乳腺外科の尾崎章彦医師、安藤茂樹事務部長らと一緒に、東北厚生局長に表敬訪問をしました。
その後は担当者間でのやりとりとなりました。指定権限が福島県に移管されるまでの間に、常磐病院の基幹型指定に関する動きがあるとは見込まれなかったにも関わらず、東北厚生局の担当者は非常に協力的な対応をしてくださいました。指定要件の具体的な充足状況を、一緒に確認するところから始めました。
通常は「まずは病院側だけで通知等で指定要件を確認し、充足していない部分を満たしてから、申請書類を整えて窓口に持っていこう」と考えるものかもしれませんが、これでは進みません。真っ当なことであれば、「このようなことを実現したい」と先に相談を持ちかけ、その後先方と一緒に、要件充足状況の確認などから進めていくほうが、お互いにとってスムーズです。
とはいえもちろん、その時点での最大瞬間風速としての指定申請書や研修プログラムは提出します。指導を受けながら内容を詰めていくわけですが、初めのうちは修正点で真っ赤に埋め尽くされて返ってきました。研修プログラムは50ページ以上もありましたが、そのほとんどを修正することになりました。通知などを基にして自分たちだけで作り上げることは、ほとんど不可能だと思いました。
当初は門前払いだったが…県も「指定申請」を後押し
2020年度から権限が移管される福島県へのアプローチは、2019年度のうちに一度行いました。常盤会長や新村院長とで保健福祉部長を訪問し、構想を伝えました。そしていよいよ2020年度になり、実際の窓口となる福島県保健福祉部の地域医療課[医療人材対策室]を訪問しました。
窓口へははじめ、尾崎医師と筆者とで訪問しました。東北厚生局からの引き継ぎや事前の訪問もあり、県の担当者にも話の概要は伝わっていたようでしたが、結果は散々なものでした。
県の担当者からすると、「小間使いが来て無理なことを言っている」と思うだけだったのでしょう。実際、筆者は県の担当者から「以前お話した通り、現時点で指定要件を満たしきれないと思われるため、今回申請があったとしても指定することは間違いなくできないことを重ねて申し上げます。今回については、申請は取り下げてください」と伝えられました。
対処案を持っていったとしても、箸にも棒にもかかりませんでした。「ここからどうアプローチすれば良いんだ…」とこのときばかりは途方に暮れました。
しかしここから別の方の協力があり、流れが変わりました。尾崎医師と交流があった県庁の方で、以前、原発のある福島県双葉郡内で唯一、入院できる病院として東日本大震災後も地元の医療を担ってきた高野病院を応援するなかで生まれた縁だったようです。
この方も「地域医療のためならば」と様々なアドバイスをくださり、担当者とも話をしてくださいました。「要件充足が厳しいことは承知しているが、どうしたら実現するか、一緒に考えましょう」ということで、申請時に使う、要件充足のための方策を示す資料のご指導をいただくこともありました。その後さらに常盤会長自ら窓口を訪問し、「基幹型の指定は地域医療のために絶対に必要である、自分たちがそれを担うのだ」と熱意を伝えたこともあり、県を巻き込む形で指定申請の最後の準備を進めることができました。
結果、かつて窓口で「申請は取り下げてください」と伝えられたところから、「申請書類を事前に確認したく、申請締切のひと月前には一度共有してください」という連絡を受けるまでになりました。
病院内外が「地域医療のため」奮闘した結果、指定獲得
ここから先は事務員の力技で、何度も打ち返されてくる修正や追加の依頼に対応しました。各診療科の研修期間や他施設との連携の仕方について、連携先の事務スタッフに無理なお願いをしながら修正したり、指定を受けるための要件である「CPC(臨床病理検討会)の開催」を、その後の半年間でどう実現するかを示す追加資料を作成したりと、焦りを感じながら作業を進めました。東北厚生局との一連のやり取りで基本的なところが整えられていたのが、ここで効きました。
最後の確認作業や申請書の本提出は淡々として地味なものでしたが、受理印を無事確保できたときには一気に靄が晴れたように感じました。
申請提出までの間にも、多くの方々の関わりがありました。病院単体の取り組みだけでは当然足りません。外部の方とやり取りをしながら前に進めるのは事務スタッフです。病院内でも、事務がしっかりしていなければ、また、医師をはじめとする専門職が事務を軽んじることなく協働しなければ、ここまで完遂することはできません。医療系の事務スタッフはあまり注目されない存在ですが、非常に重要な役割を担っているのです。
杉山 宗志
ときわ会グループ