ひと月ごとに膨れ上がる「赤字300万円」の崖っぷち
美容業界の常識の壁は厚い。岩の上に水を一滴ずつ垂らすように、時間をかけて少しずつ小さな穴を開けて突破するしかないのか……。
結局、開店当初の難波店のスタッフは店長の伊藤さんを合わせて3人だった。これでセット面12席の美容室を回すのは不可能だ。天六店からも応援に来てもらったが、天六店のスタッフを回せばそちらの売り上げが落ちる。
助かったのは、伊藤さんがタフで、技術、能力ともに抜群だったことだ。一人で3人のお客様を同時進行で担当するという離れ業も明るく笑いながらやってのけた。
「そりゃしんどいですけどね、でも山下さんの夢には共感してるんです。ここは僕が踏ん張らないといけないとこですから」
こんな言葉を聞くと、事業をやっていて本当に良かった、と思う。しかし、現実は厳しい。天六店のオープンの時には株式投資で蓄えた資金を充てた。難波店の開店にあたっては日本政策金融公庫の融資を使ったが、内装にお金をかけたので自己資金の持ち出しも必要だった。それに加えて難波店にスタッフが集まらないことで思うような売り上げが出せない。
月を追うごとに難波店の家賃、広告費、求人費、光熱費などの維持費が重くのしかかってくる。オープンの6月以降、ひと月ごとに300万円近く赤字が膨れていった。2016年9月。資金がいよいよ底をつきそうになった。
どうしよう、お金なくなるよ……。
またデイトレをやって儲けようか、という考えが頭をかすめたが、今は美容室経営を安定させるために全力集中しないと、ドツボにはまることはわかっている。
その頃筆者は天六店と難波店の経理――スタッフへの給料振り込みや業者への支払い、売上金の管理など――を、自分一人でやっていた。天六店の近くの珈琲店の片隅で、くる日もくる日もパソコンの中の真っ赤な数値をにらんで、朝から晩まで資金繰りのことばかり考えている。
スタッフへの給料支払い日は15日だが、全員に給料を支払えるだけの資金が手元にない。胃がキリキリと締めつけられるように痛む。申し訳なかったが、スタッフ数人の給料は振り込みを16日にずらすことにした。15日の天六店の売り上げが手元に来た後、その中からスタッフの給料を入金する。スタッフには、銀行の振り込みシステムの都合で数人16日に給与の支払いがずれるのだ、と田中さんから説明して了解をもらっていた。
スタッフを不安にさせるわけにはいかない。筆者は誰にも、田中さんにも経営状態の詳細は明かさずに一人で対策を考えていた。この状態があと1ヵ月続くようならばもうおしまい――考えるだけで吐き気をもよおしてきた。せっかくオープンした難波店をつぶさなければいけなくなる。なんとかつなぎの資金を手に入れねば……。
そのときハッとひらめいた。
筆者は資産を持っている! ロレックスのデイトナ!
それは筆者が持っている唯一の贅沢品だった。ラーメン屋総大醤のオーナーに勧められて、デイトレーダーとして成果を上げた記念に130万円で買ったものだ。
よし、売ろう!
筆者に迷いはなかった。すぐさま立ち上がり、家に飛んで帰って時計を掴んで質屋に走った。過去にこだわっていても意味はない。大切なのは仲間。筆者を信頼してくれる仲間とその家族のためだ。
そしてこのとき筆者は手に入れておくなら本物だ、と痛感した。3年前130万円で買ったロレックスのデイトナは200万円で売ることができた。200万あれば、あとひと月近くなんとかなる。この間に難波店を生き延びさせるために次の手を打つことができた。
山下 拓馬
OXY株式会社 代表取締役
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