「社長、ちょっといま、いいですか」
CIEL:筆者たちが立ち上げた美容室サロン。大阪、天六に第一号店、難波に第二号店をオープン。
筆者:証券会社でディーラーとして勤務後、営業部へ転属。成績を残すが、顧客の意に沿わない商品を販売するのが心苦しく、その後個人トレーダーとして独立。ひょんな縁から美容業界へと飛び込むことに。
田中さん:筆者を美容業界へといざなったキーマン。立ち上げ当初から、筆者と二人三脚で「CIEL」の経営拡大に尽力してきた。複数の系列店の店長も務める。
佐山さん:天六店の店長を務める美容師。
田中さんは自らもハサミを握りつつ、複数店舗の店長を統括する立場でそれぞれの店の状況を管理していた。美容室全体を統括する責任者として筆者は彼に全幅の信頼を置いていた。
筆者が田中さんの行動に疑問を持ったのは2017年の秋頃だった。筆者が天六店に顔を出したとき、天六店の店長の佐山さんが、あたりを見回したあと、そっと筆者に声をかけてきた。
「あのう、社長、ちょっといま、いいですか」
佐山さんは筆者をスタッフの控室に招き入れ、周りに人がいないのを確認して話し始めた。
「田中さんなんですけど……昨日は夕方打ち合わせがあったんでしょうか」
「えっ、昨日夕方?」
昨日は特に打ち合わせをした覚えがなかった。
「社長と難波店で打ち合わせする予定になってるからって、昨日夕方5時過ぎに店を出られたんですけど」
「あ、そう、僕じゃなくて伊藤さんと話があったのかもしれない」
筆者の言葉を聞いて佐山さんの顔が曇った。
「いや、その後、8時くらいに伊藤さんに用事があったから電話して、もう田中さんは帰ったのか聞いたら、難波店には来てないって」
「……」
筆者が黙っていると、佐山さんは言った。
夕方になると、スタッフに嘘をつき「店を抜け出す」
「1回だけじゃないんですよ……。このところ田中さん、夕方になると、神戸店に行くとか、難波店に行くとか言って抜けるんですけど、あとでその店に連絡して聞いてみても、来てないって言われることがあって」
「……」
「田中さんは僕らとは違う動きをしてるから、大事な用事があったかもしれないんですけど、ただ、みんなに嘘つかれるのは、ちょっと困るなあと」
「そりゃそうですね」
「他のスタッフの手前もあるし、僕も困ってて」
寝耳に水の話で、筆者は答えに窮した。でもスタッフの中に不信感が広まるのは困る。
「わかった。ちょっと話してみます。あまり、みんなには広まらないように注意しといてください」
「はい、わかってます。……あ、あの、それと」
部屋を出ようとする筆者を佐山さんが呼び止める。
「……これははっきりわからないんですけど」
佐山さんの語尾が小さくなった。言おうかどうか迷っている様子でもある。
「他にも何かあるの? いいよ、なんでも言って」
「実は、ちょっと、僕もうちのスタッフから聞いただけなんで、確証はないんですけど」
予防線をめいっぱい張って、言いよどみつつ、やっと決心したように佐山さんは口を開いた。
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