「低価格の美容室サロン」として売り出したものの…
筆者:証券会社でディーラーとして勤務後、営業部へ転属。成績を残すが、顧客の意に沿わない商品を販売するのが心苦しく、その後個人トレーダーとして独立。ひょんな縁から美容業界へと飛び込むことに。
田中さん:筆者を美容業界へといざなったキーマン。
CIEL:筆者たちが立ち上げた美容室サロン。大阪、天六に第一号店をオープン。
最初CIELを低価格のお洒落なサロンとして開店する時、筆者と店舗スタッフとの間では意見が食い違った。筆者は大阪中の低価格サロンに通って調査したが、低価格サロンではどこもカット+カラーの基本料金は4000円だった。
だからうちも同じ値段にしなければ勝負ができない。でもそれまで低価格サロンで働いていなかった美容師さんたちは、施術の値段が低価格サロン並みになること―施術の値段が下がることに強く反発した。
美容師としては施術の単価が下がることは、自分の技術を安く見積もられているような気分になる。
特に業務委託契約のスタッフは歩合が高いといっても単価が下がるとそれだけ報酬が下がり、今までと同じ報酬を得るためには今まで以上に長時間労働をしなければいけないのではないか、と考えるのだ。
実際はそんなことはなく、目玉となるメニューを安く設定する(カット2200円、カット+カラー4000円、カラートリートメント3500円)ことで店自体の集客力が向上する。そこからお客様に合ったトリートメントを提案すれば単価が上がるため、美容師さんの報酬も上がる。集客力を強めるためには、一番お客様からの注文の多いカット+カラーの価格は他店と同じにしなければならない。
この件は田中さんにも協力してもらって説明し、何とか納得してもらった。
「でもまだ問題があるな」
筆者は天六店近くの珈琲店で一人つぶやいた。筆者は開店以来、この珈琲店の一番奥の席を陣取って毎日コーヒーを飲みながら店舗の事務作業をしていた。その日も天六店の売り上げをさらに上げるため、売上高、集客状況などを集計し、分析していた。
天六店は、田中さんの集めてくれたスタッフが元々自分の持っていたお客様を呼び込んでくれたので、集客はまずまず順調だった。しかし、集客は多くても人件費が高いので利益は薄い。なんとかもう少し売り上げを伸ばすことはできないか、と考えていたのだ。
「よし、現場を確認しよう!」
筆者は残っていたコーヒーを飲み干し、天六店に向かった。
「あっ、社長! お疲れ様です、今日はなんですか?」
明るい、よく通る大きな声でスタイリストの佐山さんが挨拶してきた。ハキハキした気持ちのいい人だ。
「ちょっと店の様子を見ておこうと思いまして」
そう言って筆者は受付の奥の椅子に座ってパソコンを広げた。ネットで調査をしたり、ツイッターで発信したりしながら時々顔を上げて店の様子を眺める。スタッフは皆、忙しそうにお客様の対応をしているが……。
「現場の美容師」と経営者の間に横たわる深い溝
「やっぱり、連携がもうひとつうまくいってないかな、と思うんですよ」
筆者は珈琲店に田中さんを呼び出した。
「天六は場所がいいし、このサロンでこの価格ならきっと今以上にお客様は来ると思うんです。利益を確保するためには、1日に施術できるお客様の数を増やさないといけないんですけど、美容室検索サイトの予約枠を見ると、うちはカット+カラーで2時間の枠を取ってるんですね。
でも他の低価格サロンではカット+カラーの施術時間はほとんどが1時間半に設定されてるんですよ。カット+カラー4000円のメニューは一番の売れ筋なので、この30分は大きいです。で、今日も見ていたんですけど、基本のカット+カラーなら1人当たり1時間半にすることができると思うんですよね」
「1時間半ですか…」田中さんはちょっと渋い顔をした。
「僕個人はできると思いますよ、でもスタイリストによって、手の早い人と遅い人がいるし、一通り流すだけなら大丈夫でしょうけど、最後にもう一度整えたいと思った時、時間がないと中途半端なままで終わらないといけなくなるでしょ、これはスタイリストは嫌がると思いますよ」
「うーん、最初にお客様にじっくりカウンセリングすればいいんじゃないですか。そうすると後でもう少しやり直して、とかは言われないと思うんです。もちろん通常よりも高価なカラー剤を使うカット+イルミナカラー6500円をするときには2時間にしていいんですよ。基本のカット+カラー4000円枠としては1時間半で設定して、対応できるお客様の数を増やしたいんですよ」
「カウンセリング、っていっても特に新規のお客様の要望を把握するのは難しいですよ」
「でもちゃんと利益が確保できる店にするためには、まずはここを変えないといけないんですよ。スタイリストだってお客様の数が増えれば収入は上がるんだから悪い話じゃないと思うんですよ」
「そうですね……。うちは他店に比べてスタッフの報酬は高いんだから、他店と同じような努力はしないといけないですよね…」
筆者がグイグイ押し込んだので、田中さんは渋々ながら承諾してその日の終業後、スタッフを集めてミーティングをすることにした。