日本人精神分析医「フロイトは『視覚』を恨んでいた」謎に迫る

精神分析医の堀口尚夫氏は書籍『天才の軌跡』の中で、フロイトの生い立ちを語りながら、独自の見解を述べている。

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「何故」には、事態に対する怒りが含まれている

我々が日常使う疑問詞は次のように分類することができると思われる。まず第一は、オリエンテーションに関するもので、「何時(いつ)」、「何所(どこ)」、「何人(だれ)」であろう。

 

第二は疑問の中核となるもので、何か、という本質に関する疑問であり、第三は動的な疑問で、「何故(なぜ)」、「如何(いかに)」という疑問である。

 

この第三群の疑問詞については、もう少し説明が必要であろう。何故及び如何にという問いにはその中に時間の要素が含まれている。すなわち、何故という問いの中には過去にさかのぼる答えを期待しているのであり、如何にという問いには、未来に対する変化を予期している。動的な疑問と言ったのは、時間的経過とそれに伴う変化に対する疑問という意味においてである。

 

具体的な例を挙げると、地理学、歴史学は主にオリエンテーションの学問であり、化学は何かという疑問に対する答えであり、物理学は何故という疑問に対する答えであり、工学は如何にという疑問に対する答えである。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

精神医学の分野を例にとると、疾患に対する生理学的及び生化学的アプローチや現存在分析は精神病者とは何かという疑問に答えようとする努力であり、行動療法及び薬物療法は如何に精神病者を助けようとする努力であり、フロイトが始めた精神分析は、患者は何故精神病になったのかを知り、その知識により患者を助けようとする努力である。

 

違った視点から疑問詞を考えると、疑問詞は二種類に分類される。一つは感情と無関係の疑問詞であり、第一群及び第二群の疑問詞はこれに分類される。

 

すなわち、何時、何所、何人、何かという疑問はすべて感情的には中性である。しかし第三群の疑問詞には強い感情が含まれている。人が何故という疑問を発する時、その中には事態に対する怒りが含まれている。如何にという疑問には何故という疑問ほどの強さはないが、事態に対する不満がなければこの疑問は起こらないことは明らかである。

 

本記事は、フロイトが持った疑問がどのようなものであり、何故そのような疑問を持つようになったのかを、彼の生涯を俯瞰することによって明らかにしようとする試みである。

 

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本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『天才の軌跡』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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