(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢者施設の運営会社、介護コンサルタントとして17年間の経験を有し、うち約4年間を高齢者施設の施設長として勤務した山田勝義氏が、ある認知症の入居者とのエピソードをご紹介します。

「自宅に帰りたいんだけど」…80歳半ば過ぎ・認知症の男性

私の運営する老人ホームの事務所は、1階正面玄関の横にあります。そこで朝の受付の準備をしていると、そこに毎朝必ず顔を見せてくれる入居者の方々が数名いらっしゃいます。皆さん、いわゆる認知症を持たれている方々です。

 

私が、元気よく

 

「おはようございます」

 

と声を掛けると、皆さん、こうおっしゃいます。

 

「私、自宅に帰りたいんだけど、タクシーを呼んでくれる?」

 

この反応、私は当然だと思います。それは住み慣れた自宅が一番落ち着きますし、早く戻りたいと思うのは当然です。しかし、実際ひとりで生活することはできない等々、いろいろな理由で老人ホームに入居しているわけですから、その要求を簡単に叶えるわけにはいかないのです。

 

ここで、私が施設長になって間もなくの頃の経験をご紹介します。佐藤さん(仮名)は、当時80歳半ば過ぎの認知症の男性です。この佐藤さんには「入居者の生活を支える」ということの本質を教えていただきました。

 

佐藤さんは、やはり毎日のように自宅に戻りたいとおっしゃっていました。その際、佐藤さんに私は

 

「お部屋に戻りましょう」

 

と言ったり、

 

「今、連絡しますからね」

 

と言ったりしていました。

 

当然ですが、このような対応をしていたら問題解決にもなりませんし、佐藤さんの行動が収まるわけでもありません。そこで、私は佐藤さんの言葉を認知症であるからというフィルターを外して、「言葉そのものを素直に受け入れる」ことを徹底してみました。

 

落ち着いて佐藤さんの目をしっかり見ながら、お話をゆっくりと傾聴していると、しばらくすると佐藤さんは満足されたのか、ゆっくりとお部屋に戻っていかれるのです。

 

このようなことが何度も続いて気づいたのです。それは、「人として、しっかりとお話を伺う姿勢」がなければ、そもそもしっかりした対応などできるはずがないということです。その後、私は佐藤さんのお生まれやご家族の構成、現役時代のお仕事などについて、資料を丁寧に読み込むようにしました。

次ページ正面玄関のドアを「ドンドン」…一日中険しい表情の佐藤さん

※本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『老人ホーム施設長奮闘記』(幻冬舎MC)より一部を抜粋したものです。

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