どの業界にも慢性的な人材難を抱え、「人手不足倒産」さえ起きかねない時代。人材の定着率を上げるため、従業員の健康向上に取り組む企業が増えてきましたが、社長の取り組みだけではやはり限界があるもの。気づかないうちに社員がメンタル不調に陥ってしまい、ある日突然、休職・退職を申し出てくるケースも珍しくありません。社員のメンタル不調を防ぐには、どうすれば良いのでしょうか。産業医ならではのアドバイスを見てみましょう。

ノルマ制で営業成績がアップするのは「最初だけ」

ノルマや納期など、ストレスがたまりやすい目標に対して産業医のアドバイスが有効になることがあります。

 

ある企業で、営業マンの仕事をノルマ制にしている企業がありました。成績は常にランキングとして張り出されているので、一人ひとりの状況は一目で分かります。「会社の売上の3割をBさんが稼いでいる」とか、そんなことが一目瞭然です。

 

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

 

成績が悪い人にとっては大きなプレッシャーですが、上位にいる人はいる人で、ランキングが下がってしまったときのプレッシャーも相当なものらしいのです。

 

ノルマ制を導入した企業の様子を聞くと、最初はそれなりの効果があるようです。成績が上がることがモチベーションになって、営業成績の底上げにつながります。しかし、成績が上がると、次の目標も上がってしまいます。

 

「Cさんは今月、1億円を達成したから、来月は2億円を目標に頑張ってくれ」

 

という具合です。1億円でも他の営業マンより頑張っているのに、なぜ2億円を目指さなければいけないのか、本人には理解できなくなります。

 

成績が悪いと上司に叱咤激励されて、自分を否定されたような気がします。「こんなに頑張っているのに分かってもらえない」と感じます。それが続くと、出勤の際に、突然動悸がして過換気になってパニック発作が起こるケースは少なくありません。

 

目標を設定するのは決して悪いことではありません。達成することで自分の存在価値を確認できます。しかし、会社から与えられた無理なノルマは逆効果になります。

必要なのは、メンタル不調を早期発見できる体制

ノルマに似ているのが納期です。納期の厳しい業種では、従業員が適応障害になる可能性が高くなります。あるいは、間接部門に所属していて、板挟みになってしまう場合も同じです。さまざまな人の意見を聞かなければいけない立場で、上司が間違ったことを言っていても、その人の言うことに従わなければいけないといったことがストレスになります。

 

ただ、これは本人の受け止め方によって変わってくることもあります。実際に「上司が間違っていることを言って、それに従うのがストレスだ」という従業員の話を聞いたことがありますが、産業医の立場で客観的に見ると、上司の主張のほうが経営的に正しいと感じました。

 

つまり、従業員のメンタル不調はどんな職場でも起こり得る話です。だからこそ、産業医のような存在がいなければ、早期発見は困難です。気づいたときにはすでに手遅れのような状態になっている可能性が高いのです。

 

従業員の不調を企業がしっかりフォローしていれば離職率を下げることにつながります。また、人材不足のいまは採用に苦労する企業が少なくありません。とくに小規模事業所では、募集をしても応募者がゼロということもあります。そんな中で健康経営を実践している企業は、応募者からの評価も高く、求人募集で有利になります。

「ノルマでメンタル不調になったら…」産業医の対応

ノルマに耐えられない従業員の場合、その仕事を辞めるのが一つの解決方法ですが、辞めたくない場合もあります。その場合は、本人に「どうしてノルマを達成したいと思っているのか」を聞いてみます。すると「上司に怒られるから」とか、「出世したいから」とか、さまざまな理由を話してくれます。

 

その中で自分がコントロールできるものを考えてみます。たとえば上司が怒らないようにする方法は何があるか。上司はノルマを達成していないだけで怒るのか、あるいは、ノルマを達成していないにもかかわらず反省している様子がないときに怒るのか、そうしたことを具体的に聞いていきます。もし、理由が後者であれば、本人の努力で回避することができます。

 

ただ、ストレスでメンタル不調になりパニック発作を起こす段階までいってしまうと、実際のストレスから引き離すのが先決です。しばらくは休むことになります。

 

早い段階で相談があれば、対策を講じることも可能です。たとえば、上司が問答無用で怒っているようであれば、産業医を通じて会社に話ができます。それで解決できれば、本人もメンタル不調を未然に防ぐことも可能になるかもしれません。

 

あるいは前述のように、本人のとらえ方が間違っていると思われる場合、視点を変えたりとらえ方の幅を広げることをアドバイスして状況が改善することもあります。

プレッシャーをかけずにモチベーションを上げる方法

従業員がメンタル不調に陥るのが怖いからノルマを課すことができないと考える社長もいます。ノルマを課しておきながら「達成しなくてもいいからね」と言うわけにはいかないからです。

 

ノルマを有効に活用する一つの方法として有効なのは、目標を達成できたときにはしっかり褒めることです。達成できなかったときには、ノルマが間違っていた可能性を会社が認めなければいけないでしょう。多くの企業にはそれがありません。

 

前述の営業マンの成績をランキングしている企業では、会社側がノルマを課しているわけでありません。ただ、ランキングを発表しているだけです。従業員の気持ちの中に、勝手にノルマができているのです。「少しでも順位を上げたい」、順位が上がれば「順位を下げたくない」と考えます。

 

変なノルマが自分自身の中に生まれてしまうのです。ですから、企業側の対応も難しくなります。

 

このように、企業側にそのつもりはなくても、本人が勝手にプレッシャーを感じることもあります。実際に、本人が気にしているほど、他の人はランキングを気にしていないことも多いのです。

 

しかし、本人がいったん気にし始めると、どんどんエスカレートします。ランキングが下がってしまうと、同僚に「あの人は残念だね」と思われるのではないかと心配になります。しかし、企業側からすれば、単に歩合の給与を計算するために成績を計算しているだけということもあるのです。

 

ノルマをプレッシャーにしない方法としては、毎月、ノルマを課すのではなく年に3回など、回数を限定するのも効果的です。毎月であれば重荷になりますが、年に数回であればモチベーションは上がる可能性が高いのです。

 

 

富田 崇由

セイルズ産業医事務所

 

 

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※本連載は、富田崇由氏の著書『なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

富田 崇由

幻冬舎メディアコンサルティング

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