(※写真はイメージです/PIXTA)

近年、従業員の健康管理の一環として、いわば会社の顧問医である「産業医」の導入が進んでいます。産業医には、日常の健康相談、健康診断の受診率の向上やストレスチェックの活用、あるいは職場環境の改善など、従業員の健康について総合的に相談することができますが、実は「発達障害」や「残業」に関するトラブルにも対処可能であることをご存じでしょうか。

「発達障害がある社員」にも産業医のアドバイスが有効

最近、「発達障害」が話題になっています。発達障害とは、脳機能に表れる先天的な障害です。生まれながらに脳の働きに偏りがあり、それが原因でさまざまな特性が現れます。小さいときから、なんらかのサインを見せるケースが多いのですが、大人になるまで気づかず、就職してから障害があるのではないかと感じて病院で診断を受けることもあります。

 

発達障害の人は、一般的にコミュニケーションがとりにくくなります。普通では考えられないような失敗をすることがあるので、仕事の進め方も配慮が必要になります。繰り返し同じ失敗をする従業員が「病院を受診したら発達障害だった」ということもあります。

 

こうした場合も、産業医の関与が必要です。発達障害の従業員の特性を見極めて、「この人はこの部分が弱いからサポートをしてあげてください」とアドバイスができます。それは難しいことではなく、ちょっとした気遣いがあれば、発達障害の人もトラブルなく働くことが可能です。

 

トラブルなく働けるようになる「ちょっとした気遣い」

たとえば、忘れ物が多い人もいます。そういう人には、持ち物チェックリストを渡して、「毎朝、これをチェックしてきてね」と言うだけで忘れ物をしなくなります。

 

あるいは、遅刻をしがちな人もいます。それは時間の計算が苦手なのです。逆算ができないので、9時までに会社に行くのには、何時の電車に乗る必要がある、そのために何時に家を出る、さらに何時に起きる、それが計算できません。毎日、同じ繰り返しをしていても、難しいのです。

 

ありがちなのは、「9時で遅刻するんだから8時半に来い」などと無理難題を言ってしまうことです。しかし、時間の逆算ができないことが問題なのですから、それでは解決しません。怒られたので、今度は7時に来てしまうかもしれません。

 

そういう人には、起きてから会社に到着するまで、どのくらいの時間がかかるかを一緒に考えて、仮に6時半に起床すればいいことが分かったら、「毎朝、6時半に起きよう」と言うだけで遅刻しなくなります。

 

一対一のときは会話ができるのに、会議になるといっさいしゃべれない従業員もいます。このケースも発達障害が原因である可能性があります。この場合は、会議中に「これについてどう思う?」と本人に具体的に問いかけることで意見が言えるようになります。「何でもいいから言ってみろ」となると、何も言えなくなってしまいますが、具体的に言って振ってあげれば答えることができるのです。

 

しっかりとした意見をもっていますから、具体的に賛成か反対かを聞かれれば、理由を示しながら賛成か反対か、自分の意見を発表することができます。そうした特性に周りが気づかないと、「あの社員は一対一のときは、勢いよく言ってくるのに会議になると何も言わない、猫をかぶっているんじゃないか」ということになり、仲間はずれになってしまうこともあります。

生活費のために時間外労働を続ける「生活残業」の問題

残業をなかなかやめない従業員もいます。家を買ってしまったので毎月60時間は残業しないと生活が成り立たないなど、さまざまな事情を抱えています。残業が生活の一部に組み込まれています。ある企業では、「みなし残業制」を導入しました。仕事が暇なときでも一定の残業代を支払う代わりに、忙しくて残業が多くなったときには上限を決める仕組みです。

 

残業が多い従業員は訴訟につながる可能性が高くなります。そもそも残業の基準は法令で定められています。労働基準法では、労働時間は原則1日8時間、1週間に40時間までとされています。これを「法定労働時間」と呼びます。また、休日は原則1週間に少なくとも1回はなくてはいけません。

 

このような法定労働時間を超えて従業員に残業(時間外労働)をさせる場合、または休日に仕事をさせる場合には、労働基準法第36条に基づいて、「労使協定」(36=サブロク=協定)を締結しなければなりません。これは、小規模事業者でも同様です。また、所轄の労働基準監督署長への届出も必要です。

 

こうした時間外労働の規制が改正され、2019年4月に施行されました。大企業では2019年4月から適用されましたが、中小企業では2020年4月からの適用になっています。

 

「1ヵ月80時間以上の残業」が続けば過労死ライン必至

これまでは、36協定による時間外労働は厚生労働大臣の告示によって、上限が決められていました。しかし、臨時的な特別の事情がある場合には、特別条項付きの36協定を締結すれば、限度時間を超える時間まで時間外労働が可能でした。

 

しかし、改正後は、臨時的な特別の事情があったとしても、次の基準を超えることができなくなりました。

 

●時間外労働が年720時間以内

●時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満

●時間外労働と休日労働の合計について、「2ヵ月平均」「3ヵ月平均」「4ヵ月平均」「5ヵ月平均」「6ヵ月平均」がすべて1月あたり80時間以内

●時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6ヵ月が限度

 

これらに違反した場合には、罰則(6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科されるおそれがあります。

 

1ヵ月に80時間以上の残業が何ヵ月も続けば、過労死ラインを超えてしまいます。中には100時間を超える人もいますが、完全に過労死ラインです。

 

過労死ラインとは、病気や死亡、自殺に至るリスクが高まる労働時間のことで、目安が法律で定められています。「発症前1ヵ月間に100時間」または「発症前2~6ヵ月間の平均で80時間」を超える場合には、仕事と病気の発症の間に関係性が認められるとされています。

 

ただ、この基準は非常にあいまいなところがあります。統計的に結果を導き出すには不向きな非常に少ないサンプル数から3人の専門家が決めただけです。

 

この基準が設定されてから、多くの人は80時間、100時間を超えると、死ぬラインだと考えています。実際には個人差があります。時間外労働が40時間でも過労死ラインとなる人もいるでしょう。

早く帰らせるより「疾患リスクを下げる指導」が現実的

1ヵ月の残業時間45時間は持病増悪ラインと呼ばれています。糖尿病など持病がある人が月に45時間以上の残業をすると、持病が悪化すると考えられるラインです。さらに60時間以上になると、脳血管、心臓血管など血管系のトラブルが起こる、つまり心筋梗塞が起こりやすくなるラインとされています。

 

月に45時間以上の残業をしている人も少なくないでしょうから、いったん訴訟になると、面倒なことになります。

 

トラブルを避けるには残業を減らせばいいのですが、小規模事業者の場合はそうもいかないでしょう。となると、60時間の残業をしている人が心筋梗塞を起こさないために何ができるか、となります。そこが産業医の役割になります。

 

たとえば、食事習慣を徹底して改善させる、コレステロールの値を厳重に管理する、などの方法が考えられます。仕事以外のリスクを下げていくのです。それが産業医にできることです。一人ひとりのリスクを評価して、リスクを下げるための指導をするのです。

 

そうしたサポートがあれば、本人も安心して働けるでしょうし、それでも病気になってしまったときには、会社の責任も減るでしょう。健康的に続けられるなら、残業をしてしっかりお金を稼ぐことは悪いとは思いません。それを実現するためのサポートも産業医の役割だと考えているのです。

 

 

富田 崇由

セイルズ産業医事務所

 

 

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※本連載は、富田崇由氏の著書『なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

富田 崇由

幻冬舎メディアコンサルティング

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