「産業医を雇わなくてはいけない職場」の条件
従業員の健康管理は重要ですが、実際に取り組みをするのは簡単ではありません。健康管理には専門知識が必要だからです。
そこで、企業が従業員の健康管理をする際のサポート役を担うのが産業医です。産業医は、従業員の健康管理等について、専門的な立場から企業に指導・助言を行う医師のことです。労働安全衛生法により、従業員数が50人以上の規模の事業場には産業医の選任が義務付けられています。
また、従業員の人数によって、選任する産業医の数も次のように決まっています。
(1)労働者数50人以上3000人以下の規模の事業場…1人以上選任
(2)労働者数3001人以上の規模の事業場…2人以上選任
また、常時1000人以上の労働者を使用する事業場と、次に掲げる業務(※)に常時500人以上の労働者を従事させる事業場では、その事業場に専属の産業医を選任しなければなりません。
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<※労働安全衛生規則第13条第1項第2号>
イ 多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務
ロ 多量の低温物体を取り扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務
ハ ラジウム放射線、エックス線その他の有害放射線にさらされる業務
ニ 土石、獣毛等のじんあい又は粉末を著しく飛散する場所における業務
ホ 異常気圧下における業務
ヘ さく岩機、鋲打機等の使用によって、身体に著しい振動を与える業務
ト 重量物の取扱い等重激な業務
チ ボイラー製造等強烈な騒音を発する場所における業務
リ 坑内における業務
ヌ 深夜業を含む業務
ル 水銀、砒素、黄りん、弗化水素酸、塩酸、硝酸、硫酸、青酸、か性アルカリ、石炭酸その他これらに準ずる有害物を取り扱う業務
ヲ 鉛、水銀、クロム、砒素、黄りん、弗化水素、塩素、塩酸、硝酸、亜硫酸、硫酸、一酸化炭素、二硫化炭素、青酸、ベンゼン、アニリンその他これらに準ずる有害物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務
ワ 病原体によって汚染のおそれが著しい業務
カ その他厚生労働大臣が定める業務
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産業医として選べるのは、どんな医師?
産業医は医師であると同時に、企業の従業員の健康管理を支援するための専門知識をもっています。具体的には、次のいずれかの要件を備えた医師から選任することになります。
(1)厚生労働大臣の指定する者(日本医師会、産業医科大学)が行う研修を修了した者
(2)産業医の養成課程を設置している産業医科大学その他の大学で、厚生労働大臣が指定するものにおいて当該過程を修めて卒業し、その大学が行う実習を履修した者
(3)労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験区分が保健衛生である
(4)大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授、常勤講師又はこれらの経験者
企業に選任された産業医は、従業員の健康相談、定期健康診断、結果のチェック、健康教育、あるいは、作業環境のチェック、職場巡視などを行います。職場の巡視とは、暗いところや狭い場所でパソコン作業していないか、など仕事をしている環境に問題はないかを確認することです。
これに関連して厚生労働省は、VDT症候群を防ぐためのガイドラインを公表しています。VDT症候群とは、コンピュータのディスプレイなど表示機器(Visual Display Terminals=VDT)を使用した作業を長時間続けることで目や身体あるいは心に生じる症状をいいます。
ガイドラインは、パソコンなど、情報機器を使って作業を行う従業員の健康を守るためのもので、情報機器作業による労働者の心身の負担を軽減するために、企業が講ずべき措置がまとめられています。
たとえば、作業時間は次のように決められています。
【作業時間等】
イ 一日の作業時間情報機器作業が過度に長時間にわたり行われることのないように指導すること。
ロ 一連続作業時間及び作業休止時間一連続作業時間が1時間を超えないようにし、次の連続作業までの間に10分~15分の作業休止時間を設け、かつ、一連続作業時間内において1回~2回程度の小休止を設けるよう指導すること。
「産業医の役割を知らない企業」がもったいないワケ
2019年の4月から産業医は、1ヵ月の時間外休日労働時間が80時間を超え、かつ疲労の蓄積が認められる労働者の面談をしなければならないことになりました。
前述のガイドラインで企業が講ずべき措置が示されているので、比較的分かりやすいのですが、健康相談や健康教育の部分では、産業医がどう取り組むべきか、どんなサポートをすべきか、あいまいな部分があります。
たとえば、民間のクリニックが数多くありますから、かかりつけ医に健康相談をしている人も多いでしょう。会社で産業医に相談をすれば、すべて会社に知られてしまうから、かかりつけ医のほうが気軽に相談できると考える人も多いはずです。また、なんらかの症状があればクリニックに行きます。産業医でなければできないことは少ないのです。
このような状況ですから、企業にしても「法律で決まっているから仕方なく産業医を選任し、費用を負担している」との意識が強いでしょう。結果的に、産業医が何をしてくれるのかを企業側が理解することはなく、企業が産業医を活用できていないのです。
産業医の側も、それを専門にしている医師は多くありません。一般的には自分のクリニックで診療を行っていて、その傍らとして企業の産業医を務めています。企業側から相談がなければ、産業医も積極的に働きかけることもありません。個別の相談がなければ、法律で定められた型どおりの対応をするだけになってしまいます。
独立系産業医なら「月額2~3万円程度」…意外とお手頃
小規模事業者の場合は、産業医を選任する義務はありませんが、あえて選任することで従業員の病気の予防などがある程度可能になります。そのためには費用がかかりますが、経営者が考えているほど、高額ではありません。
各地の医師会によって報酬は変わりますが、たとえば愛知県医師会では、従業員数が100人以下の場合、報酬月額は5万円以上となっています(図表1)。また、ストレスチェックを行う場合には、従業員1人あたり500円以上、ストレスチェックを実施後に産業医がアドバイスなどを行う際には、1回あたり2万1500円以上です。
そして、独立系の産業医が独自の報酬設定をして価格破壊をする動きもあります。その場合には、月額報酬が2万円の場合もありますし、10万円の場合もありますが多くは月額2万~3万円でしょう。
産業医の報酬は地域によっても異なります。先ほどは愛知県の医師会の報酬基準を紹介しましたが、もう一つ、東京・日本橋医師会の報酬基準を紹介しましょう(図表2)。
従業員50人未満の場合、基本報酬は月額7万5000円からです。愛知県よりもだいぶ高く設定されています。産業医の報酬が高いのは、医師の時給をベースにして設定しているからだと思います。たとえば、内科医が半日3時間働いた場合には、時給換算で7万5000円程度に設定するのが相場です。
産業医として実際に企業でミーティングするのは1時間程度であっても、行き帰りの時間は拘束されますので、半日稼働と考えて報酬を設定しているのでしょう。
富田 崇由
セイルズ産業医事務所
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