国内企業の約85%は、従業員数が20人以下の「小規模事業所」に分類されます。業界・業種を問わず慢性的な人材難に陥っている今、各従業員が担う役割が大きく、1人でも休職・退職すれば戦力の大損失は免れません。休ませたくても休ませられない状況から脱出するには、従業員の健康対策が重要です。その一環として近年、注目されているのが「産業医」です。経営者や主治医にはできない、産業医ならではの仕事について見ていきましょう。

健康対策の取り組みは「産業医を頼ること」が第一歩

従業員の健康に関する問題を総合的に相談できるのが産業医です。日常の健康相談、健康診断の受診率の向上やストレスチェックの活用、あるいは職場環境の改善まで、健康に関することであれば、さまざまな場面で相談が可能です。

 

たとえば、なんらかの病気を患っている従業員がいた場合、会社として何に気をつければよいか、判断は難しいものです。必要なのは、的確なアドバイスを受けられる相談先です。気になることがあったときに、社長が気軽に電話して相談できる専門家がいれば心強いでしょうし、問題を先送りせずに解決することができます。

 

以前、とても従業員のことを考えている社長から相談を受けたことがあります。「本気で従業員の健康に取り組みたいが、何から始めていいか分からない」とのことでした。そこで私は、従業員のストレスチェックをすることを勧めました。

 

その企業は従業員が20人ほどでしたが、実際にチェックをしてみると、結果は全国平均より悪い状態だったのです。社長はとても心配して「次に何をすればいいか」との相談を受けましたが、「1年目はそれほど焦ることはない」と伝えました。

 

労働環境を変えるのは簡単ではありませんし、そのために本業に支障が出てしまっては、取り返しがつきません。すぐに対策を講じることよりも、「社長が本気で何かをしようとしている」のが従業員に伝わることが大事です。1年目は従業員の意識を変えることも含めて土台づくりを進め、2年目以降で少しずつ対策を講じていけばいいのです。

 

その企業は取り組みを始めてから3年目を迎えました。1年目と比べると従業員の意識もずいぶん変わりました。たとえば、1年目に私が従業員向けの研修を開いたときに、従業員から出た質問は少し挑戦的というか反発するようなものでした。

 

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

 

ある従業員は糖尿病を患っていましたが「糖尿病を先生が治してくれるわけじゃないんですよね?」と言いました。他の従業員にしても、いじわるな質問を投げかけてくる人がほとんどでした。

 

それが3年目になると大きく変わったのです。社長が産業医を活用し、社員の健康へ本気で取り組んでいることが、従業員へ伝わり、従業員自身も取り組もうというモチベーションが高くなっていったのです。

 

質問にしても、まったく内容が変わりました。糖尿病の人であれば「食事のとき、野菜を先に食べたほうがいいと聞いたが本当ですか?」など、実践につながるものが多くなりました。

 

このように社長自身も健康意識を強くもち、産業医と二人三脚で取り組むことが、社員の健康増進につながるポイントです。

社内事情を知る立場だからこそ「適切な判断」が可能

休職中の人が復職する際には「産業医面談」をするのが通常です。問題なく労働ができるかを判断するのです。とくに休職を繰り返しているような従業員は要注意です。

 

ある企業で「パニック発作」で休職していた従業員のケースを紹介します。その従業員が休職中、本人と実際に面談をしてみると、体調は良くはなっていない状態でした。

 

パニック発作は、起きていませんでしたが、本人の話を聞いてみると、直属の上司とのやり取りがきっかけになってパニック発作が起きていたようです。「復職してその上司と一緒に働くことはできるのか」を聞くと、その部分は乗り越えられていないとのことでした。

 

面談の結果は、その従業員の主治医にフィードバックしました。「休職中パニック発作は起きていないけれど、休職に至った主な原因である適応障害は克服できていないので、復帰は難しい」と伝えたのです。

 

休職していた従業員が復職を希望したとき、理由もなく断ることはできません。主治医は社内の事情まで理解していませんでしたから、「復職は可能」との判断を下したわけですが、実際にはパニック発作を引き起こした原因は克服できていなかったのです。そのまま復職してしまえば、同じことを繰り返したでしょう。

 

このように産業医という立場だからこそ、適切な判断ができるケースは少なくありません。

社長だけで「突然の休職」を防ぐのは限界

ある企業では、従業員の1人が体調不良で病院に行くと、「ストレスの原因は仕事」と診断されました。実際には、そう単純なものではなく、さまざまな要因が重なっていますから、仕事だけが原因ということはありません。

 

しかし、精神科医の立場では、ストレスの原因を少しでも減らそうと考えますから、「仕事を休んだほうがいい」となります。

 

私がこれまで関わってきた事例の中には、そもそも家族関係のトラブルが大きな原因になっていたり、家族の借金問題で悩んでいるケースもありました。

 

そんなときに病院で診察を受けると、「仕事を休みましょう」となります。家族のトラブルはすぐには解決できませんし、借金もなくなりません。だから、仕事のストレスを減らすしかないのです。結果、従業員が急に診断書を持ってきて、休んでしまうことが起こるのです。

 

しかし、社長だけでは事前にこのような事態を防ぐことはなかなかできません。社長がいくら従業員に気を遣っていても、従業員は仕事では頑張っているふりをします。そのため体調の変化や本音をなかなか見抜くことはできません。

 

だからこそ、そのような事態を防ぐために、従業員の“サイン”を見抜くことが重要です。産業医がいれば、従業員の相談に乗ることができますし、職場巡視を行い、ストレスがたまりやすい環境になっていないかなどをチェックすることができます。急に休職される前に、改善策を打ち出すことが可能なのです。

 

 

富田 崇由

セイルズ産業医事務所

 

 

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    ※本連載は、富田崇由氏の著書『なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

    なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

    なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

    富田 崇由

    幻冬舎メディアコンサルティング

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