国内の企業数全体のうち約85%を占めるのが、従業員数20人以下の「小規模事業所」。まさに日本経済の屋台骨を支える存在ですが、ほとんどの業種において慢性的な人手不足に悩んでおり、最悪の場合は“人手不足倒産”さえ起きかねないのが現状です。この人材難に拍車をかけるのが、社員のメンタル不調や休職・退職。1人でも働けなくなれば大きな痛手、休ませたくても休ませられない…。この窮状を脱するには、どうすればよいのでしょうか。

「従業員の不調」は大きく分けて2つ

従業員の健康を見える化するための言葉に、「プレゼンティーイズム」、「アブセンティーイズム」があります。

 

プレゼンティーイズムとは、出勤はしているけれど、病気を抱えている状態です。それはメンタル不調の場合もありますし、身体の不調を抱えている場合もあります。従業員がプレゼンティーイズムの状態になると、本人だけではなく周りにも影響を及ぼします。

 

たとえば、メンタル不調や病気を抱えたまま出勤する従業員がいると、パフォーマンスが上がらず、生産性にも大きく影響し、経営に影響が出てくるのです。とくに小規模事業者の場合は、従業員数が少ないので一人でもプレゼンティーイズムの状態にあると、大きな影響があります。

 

一方、アブセンティーイズムは、従業員が仕事を休むことによって発生する経営的なロスを指します。これらは、5年ほど前から注目されています。体調が悪いときには、無理して仕事に出るよりも、休んだほうが影響は少ないのですが、小規模事業所の場合には、なかなか休めないとの事情もあります。

「不調なのに出勤」は、欠勤よりも経営ダメージ大

厚生労働省保険局の「コラボヘルスガイドライン」では、「プレゼンティーイズムで生産性が低下しコストが増大する」ことがデータで示されています。米国商工会議所等によるパンフレット(Healthy Workforce 2010 and Beyond, 2009)には、ミシガン大学の研究グループの研究成果に基づく図が掲載されています。その図には、米国の金融関連企業の従業員の健康関連コストの全体構造が示されています。

 

薬剤費を含む通常の医療費である「Medical&Pharmacy」は、全体の健康関連コストのごく一部を占めているに過ぎません。

 

医療費以外にアブセンティーイズムや短期の障害(Short-term Disability)、長期の障害(Long-term Disability)などもありますが、いずれも大きな比率は占めていません。では何が最も大きいのか。最大の割合を占めているのは、プレゼンティーイズムです。

 

「コラボヘルスガイドライン」では、2009年に破たんした、世界有数の自動車メーカー「ゼネラル・モーターズ」(GM)の事例にも言及しています。破たん要因の一つに医療費負担の重さが挙げられていたそうです。ただ、前述の例から考えると、医療費そのものが最大の健康関連コスト要因ではないことが分かります。最大の問題はプレゼンティーイズムだと考えられます。

 

プレゼンティーイズムは、将来的にアブセンティーイズムとつながってしまう可能性はあまりありません。とくに小規模事業者では、休みたくても休めない状況ですから、早期にしっかり対応して、不調を起こさないようにしなければなりません。そのような予防的な観点からも、プレゼンティーイズムへの対策が重要になっています。

「会社側では難しい判断」をくだすのが産業医

実際に従業員の健康向上に取り組むのは、簡単ではありません。とくに小規模事業所の場合大企業とは異なり、人事や総務のような部署があるわけではありません。ほとんどの企業は社長自らが健康診断などの総務的な業務をこなしています。しかし、経営者はビジネスのプロではあっても、健康に関する専門家ではないため適切な対応はできません。

 

そこで考えていただきたいのが、従業員の健康管理に取り組む際、専門家の立場で支援する役割を担っている産業医の活用です。

 

産業医とは、医学的な知識を備えていると同時に、企業の従業員の健康障害を予防するのみならず、心身の健康を保持増進するための労働衛生に関する専門的な知識にも精通した医師のことを指します。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

私が産業医として関わらせていただいている企業の例を一つ紹介します。あるとき、入社1ヵ月しか経っていない従業員が休みがちになりました。本人は医師から痛風の診断書をもらってきましたが、痛風で「休職が必要」とはなかなかなりません。ですから、本人が自主的に休んでいるだけなのです。

 

入社3ヵ月は試用期間にしていたので、その期間を延ばしたほうがいいかと社長から相談がありました。試用期間は本来、社会保険労務士の専門分野ですが、社会保険労務士から産業医に相談してほしいと言われて、私に電話がかかってきたのです。

 

医学的判断として、痛風で仕事を休むほどということは、痛みがかなり強いと思われると説明したところ、社長から今日は普通に歩いていたと伺い、このケースはズル休みとしか考えられないので、試用期間の延長の必要はないと思われるとアドバイスをしました。

 

従業員からすれば、産業医が敵のように映ったかもしれませんが、そうした判断も社長だけでは難しい面があります。従業員の健康問題を迷いなく決断できるのは、大きいのではないでしょうか。

社長の「従業員のための気遣い」は空回りしがち

ほかにこんなケースもあります。ある企業の事例で、脳卒中で休んでいた従業員が復帰することになりました。社長はその従業員が車いすで生活していることを聞いて、不便がないように階段の部分にスロープを設置しました。

 

しかし、本人は復帰に備えて階段を上るためにリハビリを頑張ってきたのです。ですからスロープは必要ではありませんでした。それよりも、机が車いすを使う自分には合わなかったので、それをなんとかしてほしかったようです。

 

机を変えるくらいなら数万円で済んでいたはずですが、多額の費用をかけて大々的にスロープを作り待っていたのです。そこまで社長にしてもらうと、本人は恐縮して、さらに「机を替えてくれ」とは言えなくなってしまいます。

 

これは従業員とのコミュニケーションが不足していたために起きてしまったことです。従業員のために社長が良かれと思ってやることが、実はずれている場合が少なくないのです。

 

そのときに産業医がいれば、従業員が復帰する前にしっかり本人と面談して、何が必要かを判断しての対応が可能になります。

 

このように、社長1人で従業員の健康に対処することはなかなか難しい面があります。だからこそ、一緒に健康管理に取り組んでくれる専門家が必要不可欠です。

 

 

富田 崇由

セイルズ産業医事務所

 

 

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※本連載は、富田崇由氏の著書『なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

富田 崇由

幻冬舎メディアコンサルティング

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