中小企業のほとんどが「つねに人手不足」と回答
中小企業庁の2016年6月時点の報告によれば、国内の企業数全体(大企業と中小企業・小規模事業者の合計)の約84.9%を小規模事業所が占め、事業所の数は約304.8万社に上ります。従業員の数でいうと約1044万人もの人が小規模事業所(従業員数20人以下)で働いています。まさに、日本の経済の屋台骨を支えているのは小規模事業所といっていいでしょう。
しかし、この小規模事業所の多くが慢性的な人手不足に悩まされているのです。
図表1が示すように、日本商工会議所が中小企業(小規模事業所を含む)を対象に人手不足に関する調査をしたアンケートでは、ほぼすべての業種で過半数以上が「人手が不足している」と回答しています。
辞められると困る小規模事業所ほど、離職率が高い
さらに、小規模事業所では離職率が多いことも問題です。厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況(平成29年3月卒業者の状況)」によれば、新規学卒就職者の3年以内離職率は、事業規模が1000人以上の26.5%だったのに対し、5~29人規模の企業では51.1%にも及び、実に半数以上が3年以内に辞めていることが分かります(図表2)。
数千人・数万人規模の企業とは違い、従業員20人以下の小規模事業者にとって、従業員が1人でも離職すれば大きな痛手となります。これまで順調に利益を出していた会社でも、離職が続けば事業活動に支障をきたします。最悪の場合“人手不足倒産”に陥ってしまうケースもあります。
小規模事業者にとって、貴重な人材をいかに定着させ、安定して働いてもらうかが企業存続のカギといっても過言ではありません。
病気の社員は「辞めさせざるを得ない」のが現実
人材不足に悩む小規模事業者に、追い打ちをかけるのが社員のメンタル不調による休職や退職です。
厚生労働省の「平成30年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概要」によると、メンタル不調によって、過去1年間に連続1ヵ月以上休職した人がいたのは従業員数10~29人の企業で2.4%、またメンタル不調によって退職した人は3.6%でした。
この比率は低いと感じるかもしれませんが、従業員数が1000人以上の大企業とは状況が異なります。仮に従業員数が20人の企業では仮に1人が休職・退職すれば、大きな戦力ダウンになります。しかもベテランの社員が休職・退職してしまえば、事業の継続さえ難しくなってしまうかもしれません。
とくに小規模事業者の場合は、休職の規定がしっかりしていないケースが多いため、従業員が病気になると退職するケースが大半です。社長にしてみれば、いったん休職して回復したら復帰してほしいと思っていますが、休職している間の補償をする体力もなく、辞めさせざるを得ないのです。
本人に復帰する気持ちがあっても、メンタル疾患の場合、会社としていつまで待てばいいのか、判断が難しい面もあります。そんな事情もあり、メンタル不調で退職する従業員の比率は、大企業より小規模事業所のほうが高い傾向にあります。
メンタル不調のみならず小規模事業所の従業員が病気になっても、治療に専念させてあげたいけれども、その人がいないと仕事が回らないため、現実的には最低限の休みしかとってもらえないことがほとんどです。
このように小規模事業者にとって仕事と従業員の病気の治療を両立させるのは非常に難しいのです。
長期欠勤社員の懲戒処分で訴訟沙汰…まさかの判決
従業員が病気になり休職あるいは退職してしまうことは、従業員の数が少ない小規模事業者ほど影響が大きいわけですが、リスクはそれだけではありません。
メンタル不調などで辞めた従業員が訴訟を起こすこともあります。その事例として大企業の例ですが「日本ヒューレット・パッカード事件」があります。
神奈川産業保健総合支援センターの資料によると、この事件は、精神的不調が疑われる従業員が長期欠勤したために懲戒処分されたことが問題となった事例です。
システムエンジニア(原告)は、被害妄想などなんらかの精神的な不調により、実際にはそのような事実はないにもかかわらず、加害者集団(同僚)から日常生活を監視されていると感じていました。
また、システムエンジニアは、加害者集団から嫌がらせを受けているとして、会社(被告)に対して、事実の調査を依頼しましたが、納得できる結果が得られなかったようです。
そこで、特例の休職を認めるよう会社に求めましたが、会社は認めず出社を促しました。システムエンジニアは有給休暇を利用して休みを取得しましたが、有給休暇がなくなってからも約40日間の欠勤を続けたため、会社は無断欠勤を理由に、システムエンジニアを諭旨退職処分としたのです。
システムエンジニアはそれに納得できず、裁判で雇用契約上の地位確認、処分以降の未払賃金の支払いを請求しました。
結果、不当解雇と判断され、会社に約1600万円の支払いが命じられました。このようなケースでは、精神科医による健康診断を実施して、必要があれば治療を勧め、休職等の検討をすべきと判断されたのです。したがって、そのような対応をとっていない解雇を無効とされました。
これは大企業だったため、表沙汰になっていますが、裁判にまでならなくても従業員が労働基準監督署に訴えると申し出て、金銭的な補償をしたり、退職後数ヵ月の給与を支払ったというケースは小規模事業所の経営者からよく聞きます。
従業員の健康問題は、人手不足によるダメージ以外にも、企業にとって直接的な損失につながるリスクをはらんでいるのです。
富田 崇由
セイルズ産業医事務所
2025年2月8日(土)開催!1日限りのリアルイベント
「THE GOLD ONLINE フェス 2025 @東京国際フォーラム」
来場登録受付中>>
【関連記事】
■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】
■月22万円もらえるはずが…65歳・元会社員夫婦「年金ルール」知らず、想定外の年金減額「何かの間違いでは?」
■「もはや無法地帯」2億円・港区の超高級タワマンで起きている異変…世帯年収2000万円の男性が〈豊洲タワマンからの転居〉を大後悔するワケ
■「NISAで1,300万円消えた…。」銀行員のアドバイスで、退職金運用を始めた“年金25万円の60代夫婦”…年金に上乗せでゆとりの老後のはずが、一転、破産危機【FPが解説】
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】