前回は、倒産寸前の会社が「M&A」で救われた事例を紹介しました。今回も、売上5億円に対して4億円の借金を抱える会社が、M&Aで売却できた事例を見ていきます。

近年は業績も落ち、売れるとは思えない状況だが・・・

前回からの続きです。M&Aとは何かということの説明を終えると、高野社長から4億円もの負債を抱えているような会社が売れるのかどうかを訊ねられます。

 

正直なところ、M&Aで譲渡するにはかなり厳しい状態だとしか言えませんでした。それはやはりタイミングが悪かったからです。企業が経営者の高齢化などを理由に業績を落としはじめていることは、買い手にとっての心象を悪くさせます。負債があり、将来性も見えない中小製造業では、よほどそれ以外の部分でのメリットや相乗効果が見込める相手でないと譲受を検討する企業は現れません。

 

そこで高野プラスチックの長所を、メリットが見込める相手にピンポイントでアピールすることを考えました。そのためには同業でも厭わないことを条件にしました。高野社長は、同業に買われることは抵抗があったようですが、従業員や家族のためにもそんなことは言っていられませんでした。

 

高野プラスチックを買うことによる買い手側のメリットを2つ設定することにしました。それは生産能力の強化と人材の確保です。

 

小物のプラスチック射出成型を活かすことで生産能力に大きく貢献できる、また30名の従業員が貴重な人材になる、この2つに当てはまる相手であれば、負債を背負っていても購入する価値を感じてくれるだろうと考えたのです。

 

同社の従業員に関しては、高野社長の広い人脈を使っていたるところに声をかけて確保していたため、中小製造業には珍しく、若い人からベテランまで優秀な人材でバランス良く構成されていました。

 

買い手として考えたのは特に横軸の同業です。そのため同業に対して積極的にアピールする概要書を作成しました。

買い手の思惑に合致した売り手側の強み

ところが、情報を公開してから3か月間は、たまたま同業の買いニーズが少ないこともありましたが、どこも名乗り出ません。

 

そこで高野社長は顧問税理士と相談して、こちらからアピールしにいこうと同業で知っている会社を幾つかピックアップしました。そして何社かM&Aについて話を持ちかけたところ、ようやく一つの会社が興味を持ってくれます。

 

そこは同じプラスチック射出成型を行っている会社でした。自動車部品だけでなく電気機器の仕事も受けており、売上高は100億円、90名の従業員を抱えていました。実はその会社も、受注量が低調になってきており、新たな事業を模索するなど、何らかの対策を講じなければいけないと考えていたところだったようです。

 

お互いにとって良かったのは、高野プラスチックは小物が得意でしたが、買い手側は比較的大物が得意だったことです。これによって単純に今までと同じようなものをつくるだけでなく、プラスチック射出成型の製品の幅を広げることで、既存の取引先に新たな提案ができることが見込めました。

 

また、買い手側としては人材不足の製造業において、チャンスがあれば優秀な人材を確保することで業界的な信頼を手に入れたいとも考えていたことも幸いでした。

 

高野社長としては買い手がいてくれるだけで願ったり叶ったりだったことから、買い手からの条件の多くは飲み込み、話はまとまっていきました。高野社長は無料で事業譲渡するつもりでいましたが、買い手側の社長は高野社長のその謙虚な姿勢や従業員に対する真摯な気持ちを評価し、譲渡価格に500万円の価格をつけてくれました。また高野社長個人にも今までの労をねぎらい、せめてもの餞はなむけとして500万円の役員退職金を出してくれたので、高野社長は感謝してもしきれませんでした。

 

M&A後には人事異動は行ったものの同業だったことが幸いし、2つの会社の従業員はすぐに馴染み、社内には今までとは違った活気が生まれるようになりました。そのうちに、社員からは2つの会社の取引先を合わせて一番効率の良い立地に移転してはどうかという積極的な意見も聞かれるようになったとのことです。

 

高野社長としてはすべての従業員の雇用が継続されたことに安堵し、自身の個人保証が外れ、借金をせずに老後を送れるようになったことに胸を撫で下ろしました。

 

【図表】実例まとめ

本連載は、2016年4月27日刊行の書籍『中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方

中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方

浅岡 和彦

幻冬舎メディアコンサルティング

自分が高齢になってもその技術や従業員を守っていきたい、自社の技術を信頼してくれる取引先に迷惑をかけたくない──これは中小製造業の社長に共通する願いでしょう。 しかし、社長の思いに反し、多くの会社がいま存続の危機…

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