「営業の柱」を失った会社がM&Aで蘇った事例

前回は、倒産寸前の会社が「M&A」で救われた事例を紹介しました。今回は、社長まで任せた「営業の柱」を失った会社が、M&Aで蘇った事例を見ていきます。

片腕だった社長の急逝が売上げ低下の引き金に・・・

実例4◦自社製品を持ちたい商社特有の志向に合致

 

プレス加工 資本金2000万円 売上高20億円 従業員数80名

譲渡価格:5億円、役員退職金:1億円

 

田畑プレス株式会社(仮名)は、創業28年の自動車部品のプレス加工を行う中小製造業でした。取引先は大手自動車部品メーカーであり、高い金型製造技術を持つことから重宝されており、売上高は20億円、従業員は80名という規模です。

 

3年前に創業者の社長が見込んだ従業員が経営権を継いでからは、業績は安定継続しており、ようやくこれから新社長の本格的な体制下に移り、手腕に期待という矢先でしたが、ある日突発的な心臓発作に襲われ、55歳という若さで急逝してしまいます。青天の霹靂の出来事に、皆が哀しみ嘆く中で、急きょ創業者の田畑さんはまた社長として現場に復帰しました。

 

しかし田畑社長の年齢は68歳、一度退いたこともあり、現場での指揮には衰えや疲労が見られるのは誰の目からも明らかでした。社内はしばらく憂愁に包まれたままで、営業の柱だった前社長を失ったおかげで売上げも徐々に低下傾向となり、打開する術が見つかりませんでした。

 

そんな折、田畑社長は次の事業承継を考えねばとセミナーに出てみることにしました。そのセミナーで、M&Aが増加し始めている事実や後継者不在の企業にとって有効な策であるということを聞き、興味を持ちます。その後、私のもとに相談に来てもらうことになりました。

 

会社の概要や現状についていろいろと話を伺い、これ以上状況が悪化する前に一度検討してみるのは賢明な判断だと伝えました。田畑社長はM&Aによって社内の暗い雰囲気を打破したいので、従業員たちに、また新しい道標を示してくれる相手に売却したいという希望を持ってM&Aの案件化を進めることにしました。

 

田畑プレスには、大手メーカーとの販路や高い金型製造技術があったため、同業から同社の持つ販路や技術力へのニーズは考えられましたし、もしくは全く別の業界から相乗効果を求めて興味を持ってもらえる可能性も十分でした。

 

案件化終了後、候補先を15社ほどピックアップしました。規模としては田畑プレスよりも大きい会社ばかりで、周辺事業の拡大をしたい会社や新たに製造部門が欲しい異業種などが揃いました。

 

田畑社長は業界にもこだわりはないこと、条件としてもそれほど悪くないところばかりでしたので順調に進むかと思われましたが、どこの資料を見てもなぜか交渉に対して気が進まない様子です。私もその気持ちはなんとくわかりました。どの相手でも田畑プレスを強く引っ張っていってくれるような強いリーダーシップを感じ取ることができない気がしていたのです。

 

そこで、少し時間をかけて改めて候補先を考えてみることにしました。そして見つけたのが、ある産業機器の商社です。その会社は売上高500億円、従業員も300名と田畑プレスよりもかなり規模は大きく、資本も潤沢な会社でした。さらに今後の計画として自動車分野に進出し、同分野で50億円の売上げを立てる中期計画を考えていたそうです。

希望する「営業力が強い」相手とのマッチングに成功

製造部門や自動車分野を拡大したいという買い手ニーズは、他の会社にも見られたのですが、たった一つ違ったのはその商社には強い営業力があったことです。

 

商社なので相応の営業力があることはわかっていたのですが、5年前に新しい営業担当役員が就任してからは、属人的な営業手法をしくみ化し、組織営業へと大きく転換したことで売上げを1・5倍まで上げたという実績があったのです。

 

今の田畑プレスは主にトップが営業の前線に出ており、社内に営業の柱がいません。それが会社としてのエネルギー喪失に影響していると考えられました。そこで、営業力のある相手とマッチングすることでその点を補い、さらには新しい方向へと会社を引っ張ってもらうことを期待したのです。

 

田畑社長はその話を聞いた時、暗闇だった未来に、突然光が差したような思いがしたと言います。ぜひ交渉しようと力強くお願いされました。

 

買い手側のニーズは元より満たしていましたし、新規の製造部門獲得となるため、売り手側の従業員の待遇は良いことが期待できます。交渉は順調に進み、譲渡価格も揉めることなく5億円で合意しました。

 

田畑社長に対しては、今まで会社を強く引っ張ってくれたことや、後継社長が急逝した後、会社の業績に影響が出ないよう、すぐに経営に復帰し会社を守ってくれたという慰労から、1億円の役員退職金を設定しました。

 

M&A後は、早速、買い手の営業マンを旧田畑プレスに異動させます。活力と自信に満ちた営業マンたちの一挙一動を見ることで、旧田畑プレスの従業員たちも徐々に元気を取り戻し、業績が上がり始めました。そのうちに自信を取り戻した従業員から、金型製造技術を同業へと売り込む計画が提案されます。

 

田畑プレスの技術に、買い手側の営業力が加われば仕事はもっと増やしていけると考えたのです。買い手側も、念願の自動車分野に進出できたことで、さらに事業拡大への計画を次の段階へと進めることができました。

 

【図表】 実例4まとめ

ASAKビジネスコンサルティング株式会社 代表取締役

1966年 愛知県生まれ。横浜国立大学経営学部卒業後、株式会社デンソーに入社。人事部門、事業企画部門を担当。また、在職中に税理士資格の取得にもチャレンジし取得。
2002年会計事務所を開業。2006年コンサルティング部門であるASAKビジネスコンサルティング株式会社及び資産管理・不動産部門であるASAK財産コンサルティング株式会社を設立、代表取締役に就任。会計業務のみならず人事、事業企画、事業計画、戦略立案、事業F/S、原価計算・人事制度の構築、システム導入などあらゆる経営課題に対応し、法人から個人のお客様に至るまで、さまざまなニーズにきめ細かいサービスを提供している。十数年間にわたるメーカー勤務時代に築いたノウハウ・人脈をフル活用し、特に製造業のコンサルティングに強みを持つ。

著者紹介

連載中小製造業の強みを生かして圧倒的高値で売却する方法

本連載は、2016年4月27日刊行の書籍『中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方

中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方

浅岡 和彦

幻冬舎メディアコンサルティング

自分が高齢になってもその技術や従業員を守っていきたい、自社の技術を信頼してくれる取引先に迷惑をかけたくない──これは中小製造業の社長に共通する願いでしょう。 しかし、社長の思いに反し、多くの会社がいま存続の危機…

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