本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『危機管理ニューズレター(2021/3/31号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

 

(2)司法取引制度を踏まえた検察官の起訴判断の適正化の確保

 

司法取引制度は、検察官をして、自白などの供述(以下一括して「供述」ということがあります)に頼らずに犯罪を立証することを可能にします。その結果、捜査当局による自白強要や供述証拠への依存を減らし、ひいては「えん罪」を防止することにも資するものです。このように、司法取引制度は、それが適正に運用される限り、極めて優れた制度です。

 

問題は、その適正な運用の確保という点です。

 

司法取引を含む、約束や利益誘導による供述には、虚偽の供述の誘発という危険が常に存在しています。例えば、検察官が、被疑者Aが行った脱税事件の捜査中に、Aの親しい友人であるBという著名企業家が共犯者なのではないかと疑っており、もしBを共犯者として検挙できれば、事件が大々的に報道されて手柄になる等と考え、Aに対し、「Bの入れ知恵で脱税したという供述をすれば、Aは不起訴にしてやる」と言うケースです。

 

誰でも、本当は自分が単独で犯した犯罪なのに、共犯者を作り上げれば不起訴になるとなれば、嘘でもいいから、共犯者を作り上げることになってしまうのではないか。人間は強いものではありません。

 

「不起訴にしてやる」とまで極端なケースでなくても、例えば「罰金にしてやる」とか「脱税の手助けをした配偶者や子供は不問にしてやる」などと言われた場合なども、同様に、虚偽供述で共犯者を作り上げる危険があります。

 

あるいは、業務上横領で捜査を受けているところ、検察官から、「横領した金で政治家Cに贈賄したと話せば、横領は不起訴にしてやる。贈賄の罪も罰金にしてやる。」等と言われた場合など、業務上横領で実刑になるよりは、日頃から微妙な関係の政治家Cを収賄で売って、贈賄で罰金の方がよいと考え、虚偽供述をする危険があります。

 

刑事司法制度は、こうした虚偽供述の危険があることを十分に念頭に置いて、刑事訴訟法上、司法取引の合意書面の検察官による証拠提出の義務付け等がなされ、運用上も、検察内部では、厳格な運用手順・方針が定められています。

 

しかし、こうした制度的手当や運用ルールで十分かどうかは引き続き課題とされています。最近も、司法取引制度の導入後、3例目とされる事件で、裁判所が「司法取引での証言は相当慎重に信用性を判断し、極力、判断材料に用いない」旨を述べたと報道されています※3。司法取引の1例目が司法取引を行うのに適切な事案だったかどうか等の見方があること、2例目も様々な評価があり得ることなども、実務で司法取引制度が未だ必ずしも受容されていないことの背景にあるのかもしれません。

 

※3 令和3年3月23日付け日本経済新聞朝刊47面

 

ともあれ、本稿の主題は、検察官等の起訴の判断をチェックする法理・メカニズムであり、かかる観点からは、次の問題があります。

 

司法取引制度の導入により、検察官の訴追裁量権の行使の適正性が一層問われることになりました。例えば、社長A、部長B、部長Cが共謀して会社ぐるみの詐欺を行った事案で、部長Cだけが司法取引を行い、社長Aは否認していて、部長Bは自白しているとします。検察官は、司法取引に基づいて部長Cを不起訴にし、社長Aと部長Bを起訴したとします。

 

この場合に、検察官の司法取引に係る判断が、部長Bと部長Cとで不公平だったのではないかが問題となるケースが考えられます。例えば、部長Bの方が部長Cより先に全面自白していたところ、検察官が、否認していた部長Cについても自白させることで社長Aの有罪立証を強固にしたいと考え、部長Cとの間で、不起訴を見返りに司法取引を行い、部長Cから自白を得た、という場合です。先に自白していた部長Bから見たときには、どうなのでしょうか。部長Bも部長Cも同格であって、犯行関与の程度や利得も同じくらいだった、あるいは部長Bの方が部長Cより少なかったとします。そうであっても、部長Bは起訴された以上、裁判所は、証拠がある限り部長Bにつき有罪認定して科刑するしかありません。

 

正直者が損をするのは、事件の証拠構造や捜査の必要性等からすれば、致し方ないこともあると割り切れるのでしょうか。果たして、かかる結果が正義公平にかなうのでしょうか。

 

具体的な証拠の状況によっては、部長Bを起訴しつつ、部長Cを司法取引で不起訴にするという検察官の判断が、それ自体としては妥当なケースは十分に考えられます。そもそも捜査中に司法取引をするのであれば、検察官も事案の全容が分かっていないため、結果的に、部長Bと部長Cとの間でバランスを欠いた捜査処理になってしまうこともあり得ます。

 

部長Cの不起訴がおかしいとして、部長Bが検察審査会に申し立てることは考えられます。しかし、検察審査会は、部長Bと部長Cとの間の公平を図るために、部長Cにつき起訴相当の議決を行って部長Cの強制起訴をすることはできますが、部長Bの起訴を検察官に撤回させることまではできません。

 

部長Bも部長Cも犯罪を犯したのだから、正義公平の確保としては、部長Bと部長Cの双方が等しく起訴されて有罪とされれば、それで十分であるという考え方もあり得ると思いますが、そうなると、今度は、司法取引を行った部長Cの立場から見た場合にどうなのでしょうか。検察審査会の議決で強制起訴に至った場合、部長Cと検察官との間の司法取引の効力は失われますが、部長Cの検察官や法制度への信頼という観点で、果たして、それで問題なしと割り切っていいのでしょうか。

 

もちろん具体的な事案次第ですが、検察官が部長Bの公訴を取り消すのであれば、公平な状態になると思います。しかし、検察官が部長Bの公訴を取り消さない場合には、現行法では、部長Bと部長Cとの間の公平を確保する方策は何もないことになります。

 

そのため、ここでも、検察官の起訴の判断を裁判所がチェックして、司法取引に起因して、検察官の起訴の判断がその訴追裁量権を超えて著しく不合理であると認められるときは、実質審理に入る以前の段階で、公判手続を打ち切る、といった制度の検討が必要になってきます。

 

さらに、次のような事例も考えられます。例えば、A、B、Cの3名によるカルテル(独禁法違反)があったと仮定します。カルテルは、被害者側の証拠だけでは、カルテルという違法行為の存在それ自体すらも立証できないことが多く、被疑者の少なくとも一部が自白しなければ立証できないことが多い犯罪類型です。ここでは議論の簡略化のため、公正取引委員会に対する課徴金減免申請のことは捨象して検討します。

 

カルテルの場合に、主犯のAと、主犯ではないが受注で儲けているBがそれぞれ検察官と司法取引をして、いずれも不起訴になり、最後に残ったCだけが、AとBの供述に基づいて起訴されたとします。C自身は、カルテルを一貫して否認しており、カルテルの有無に関わりなく、Cは受注もしておらず、何の儲けも得ていないとします。こうした事案で、Cだけがカルテルで有罪とされることは、Cが否認したことを理由にしてCだけを処罰するに等しく、刑事事件の処理として妥当でないと考えられます。

 

特に、このカルテル事案の場合、主犯であっても起訴されず、カルテルがあったとして、それで利得を得たAとBも起訴されていないわけなので、カルテルがあったとしても刑事事件として取り扱うべき価値(起訴価値)があった事案とは思われません。

 

この場合に、カルテルが行われた事実がないのに、AとBは、何の刑罰も受けないで済むので、捜査で責められる負担から逃れようとして、あるいは、業界で激しく競っているCの足を引っ張ろうとして、3社間でカルテルを行ったという虚偽供述をして、検察官と司法取引を行うかもしれません。AとBの虚偽供述による「えん罪」の可能性については、「Cのカルテル事件における裁判所の審理で、AとBの証言の信用性を否定して、Cを無罪にすれば足りる」ことに、理屈の上ではなります。

 

しかし、現実問題としてどうなのでしょうか。検察官とA、Bの3者を相手にして、強制捜査を行う権限もないCが、AとBの証言の信用性を弾劾して無罪を勝ち取ることが、果たして、どれほど現実的にあり得ることなのかは、疑問です。

 

そこで、このような事案においては、起訴判断の公平性の観点に加えて、虚偽供述を誘発する危険性の類型的高さからも、Cに対する起訴が検察官の訴追裁量権を超えて著しく不合理であるとして、実質審理に入る以前の段階で、公判手続を打ち切る、といった制度の検討が必要になってきます。

 

さらに、司法取引を離れて、最近、一部の事案で目立つようになっているので付言しますが、検察官の起訴・不起訴の判断が、自白している者と否認している者との間で、バランスを欠くことは、非常に問題です。

 

例えば、検察官が、自白して捜査・公判に協力する者を不起訴にし、否認した者を起訴するという場合です。自白か否認かは、被疑者・被告人の反省の度合いを示す重要な材料の1つですから、否認した者は、自白した者より、重く処罰されて当然です。ただ、自ずからバランスというものがあります。自白すれば不起訴、否認すれば起訴という二者択一のような極端な形になれば、嘘でも自白する者が出てきやすくなります。まして、特に東京地検特捜部が起訴した事件では、否認すると保釈が容易に認められず、会社の役職員や政治家、公務員であっても、起訴の後、10ヵ月前後から1年前後も保釈されずに拘置所に入れられたままであることが、珍しくありません。

 

自白して共犯者の公判で証言等するならば不起訴で済んですぐに釈放されるが、否認すれば起訴されて1年前後も拘置所に収監され続けることになるのでは、嘘でも自白したくなるのが人情というものであり、その虚偽自白が、否認している共犯者らの有罪立証で使われることになります。

 

このように、自白と否認との間でバランスを欠いた起訴・不起訴の判断は、虚偽供述を誘発する危険性を特に高めることになり、こうしたことが新聞やテレビ等で大きく報道されると、「嘘でもいいから自白して、共犯者を売った方が助かる」というイメージを社会一般の間に蔓延させることにもなりかねません。

 

伝統的に、検察官は、自白している者と否認している者との間に差をつけるとしても、事件自体の起訴価値の存在や、自白している者の証言を立証で使う場合にその信用性評価に悪影響を与える懸念等から、バランスをとるように努めてきたと理解しています。司法取引制度が導入されたことで、ある意味で利益を見返りにした供述獲得が正面から許容されることになったという意識があるのか、最近、一部の事件で、検察官の捜査処理がバランスを欠いているように見られる事案がある点は気になります。

 

この観点からも、検察官の起訴に虚偽供述を誘発する危険性が類型的に高い場合には、裁判所において、実質審理に入る以前の段階で、公判手続を打ち切るといったことを可能にする制度の検討がやはり必要になると考えられます。

 

(3)検察審査会の強制起訴の適正化

 

検察審査会の起訴相当議決によって強制起訴された事件で、無罪が続いています。有名なところでは、明石花火大会歩道橋事件、JR福知山線脱線事件、陸山会事件、東電福島第一原発事件などです。

 

そのため、残念ながら、検察審査会の強制起訴の運用では、「えん罪」問題が現実化していると言わざるを得ません。前述したとおり、刑事事件は、起訴から数年経って最後に無罪になれば済むというものではなく、報道や公判による被告人やその家族等に与える負担やダメージは大きなものがあります。検察審査会に対する申立てがなされる事件の多くは、社会的にも大きく注目を受けている事件が多いだけに、一層「えん罪」問題は深刻なものとなります。さらに、検察官の場合と同様ですが、検察審査会についても、政治的理由や人権を蹂躙した起訴などを防ぐ仕組みも必要です。

 

検察官の場合には、無理な起訴をして無罪になれば、具体的な事実関係や証拠にもよりますが、控訴審査等を通じて捜査公判に問題がなかったかの検証がなされますし、少なくとも人事面での不利益等という形での責任の所在の明確化があります。世論の厳しい批判を受けるようなケースであれば、起訴した検察官が辞職せざるを得ない事態も考えられます。

 

他方、検察審査会は、それが制度上の利点ではあるものの、無罪になった場合の検証や責任の所在の明確化といった仕組みはないと思われます。もちろん、責任の所在の明確化などと言い出して、検察審査会の強制起訴制度の運用を萎縮させるようなことがあっては、元も子もありません。ただ、何らかの形で、強制起訴制度を適正に運用することを確保するための制度上の仕組みを検討することが必要であるように思います。

 

この点、日弁連も、2016年9月に、被疑者の検察審査会での意見陳述を必要的なものとするなど、検察審査会の強制起訴制度の改善を求める意見書を提出しています※4

 

※4 日本弁護士連合会2016年9月15日付け「検察審査会制度の運用改善及び制度改革を求める意見書」

 

検察審査会の強制起訴制度の運用の適正化を図るための措置としては、この日弁連の意見書に加えて、例えば、次のようなアイディアが考えられます。

 

①検察官の起訴について述べたのと同様に、裁判所による、実質審理に入る以前の段階での公判手続打切りを制度として認める。もっとも、裁判所が、検察審査会の強制起訴を覆すというのは、一層慎重な判断が必要になるから、パブリックコメントを通じて、広く意見を求めることを必須とし、意見が割れているような場合には、国家刑罰権行使の謙抑性の見地から、公判手続を打ち切る。

 

②一審段階で無罪判決がなされた場合には、検察官役の弁護士は、原則として控訴しないこととする。例外的に控訴する場合には、速やかに検察審査会(審査員は起訴相当議決時とは異なることになる)に諮り、控訴趣意書の提出期限までを目処に、検察審査会から控訴を維持するか否かの意見をとり、その意見に従って対応する。

 

③最終的に無罪判決が確定した場合には、検察審査会において、強制起訴議決の際の審査に関わった弁護士や、検察官役を務めた弁護士とともに、当時の検討内容をあらためて検証し、その検証結果を公表し、今後に活かす。

4 最後に

前述のとおり、刑事事件で起訴された場合の被告人や家族の負担は極めて重く、罰金で済むなら大したことはないとか、数年後に無罪になればそれで済む、といった問題ではありません。また、起訴や刑事罰が、社会に与える影響や萎縮効果は甚大なものがあります。そのため、起訴や裁判、つまり国家刑罰権の行使は謙抑的に行われる必要があり、従来の制度は、今日的課題に必ずしも対応できないのではないか、という問題意識があって、本稿では、問題提起ないし試論を展開しました。

 

今後の実務や法制度、学説の発展に大いに期待するところです。

 

 

木目田 裕

西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士
 

 

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○執筆者プロフィールページ 木目田 裕

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