「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

人はその人が生きてきたように死ぬ

民生委員と連絡が取れる

 

翌日、幸子さんの情報を集めようと、わたしたちは市役所を訪ねた。ところが、個人情報だからと、受付の若い女性にそっけない返事をされ頭にくる。わたしのこと、年寄りだと思ってバカにしているのね。あなただって、そのうちバアさんになるのに。フン。福祉課に行く。事情を話すと幸子さんの民生委員の連絡先と名前を教えてくれた。若くて話のわかる男性職員だった。この人は出世する。

 

すぐに教えてもらった民生委員に電話すると、これまた感じのいいおじさんが出て、ヘルパーが入っていること、幸子さんの世話をしている人がいること、その人から余計なことはしないでくれと釘をさされていることなどを話してくれた。葬式もこちらでやるので、関わらないでほしい、と言われたそうだ。だから、最初は行っていた見回りもしていないということだった。

 

やっぱりね。これは事件のにおいがするが、これも幸子さんが選んだ人生なので誰も口出しはできまい。ただ、幸子さんが嫌っていた孤独死だけは避けられそうだ。その誰かさんが毎日来ているようなので、幸子さんは死後すぐに発見され、恐れていた腐敗してからの発見を免れることができるからだ。

 

生きてきた延長上に、死はある

 

ひとり身の人の中には、孤独死は惨めだとか、残った人に迷惑をかけたくないから孤独死だけは避けたいとか、最期は人知れずではなく誰かに看取ってほしいとか、わけのわからないことを言っている人が多いが、「人はその人が生きてきたように死ぬ」だから大丈夫よと、わたしは言ってさしあげたい。死だけでなく、老後も同じだ。今の姿が、あなたの生きてきた姿。

 

こう死にたい、ああ死にたいと思うのは自由だが、人生を貝のように閉ざして生きてきた人はそのように。社会のために生きてきた人はそのように。友達を大切にしてきた人はそのように。

 

生きてきた延長上に、死はあるので、恐れることはないだろう。となると、今をどう生きているかが問われることになる。


 
91歳の幸子さんの姿は、それまでの彼女の生き方を表している。幸せか不幸かは知らない。人の人生を自分の価値観で判断するのは失礼だ。わたしも人から言われたくないように、幸子さんだって、人から言われたくないはずだ。自分が幸せならそれでいいことだ。

 

わたしたちの残り時間は限られている。急降下中の70代のわたしはいつ墜落してもいい飛行機と同じ状態だ。やり残したことはないか。毎日、そのことばかり考えている。

 

 

 

 

松原 惇子
作家
NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク 代表理事

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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