「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

ひとり身の高齢者が注意すべきことは…

自宅を突撃してみると

 

住所だけを頼りにタクシーに乗ると、ナビで正確に彼女の家の前に到着した。こういうとき、最新のテクノロジーはすごいと認めざるをえない。想像より立派な2階建ての家だ。瓦や柱がしっかりしている。「ここだわ」と同行したスタッフに小声で話すわたしは名探偵コナン。

 

大きな声で名前を呼ぶが応答なし。玄関のドアはしっかりカギがかかっている。窓には、人を拒むようにカーテンが重くたれさがっている。誰もいそうにない。でも、せっかく来たのだからと隣の人に聞いてみると「バアさんはいるよ」と言うではないか。

 

すぐに幸子さんの家に戻り、今度はありとあらゆるサッシに手をかけてみると、一ヶ所開いた。

 

「キャー開いた!こわい!開いたわよ!」

 

自分がどろぼうかと思ったが、東京から飛行機でわざわざ来たので手ぶらで帰るわけにはいかず、上がることにした。

 

「こんにちは〜誰かいますか〜。幸子さ〜ん。いたら返事してくださ〜い」

 

シーン。中は真っ暗。人の気配はまったくしない。台所はあるが、料理をした気配がない。左手に障子の部屋がある。よく目をこらして見ると、ぼんやりと光が見えるではないか。バアさんはいるのか? それとも死んでいるのか?

 

勇気を振り絞ってスタッフが障子を開けると、ちゃぶ台の脇にへたりこんだ白髪のバアさんがいるではないか。髪はぼうぼうでやせている。手や身体が小刻みに震えている。まんが日本昔ばなしの世界に入り込んだ錯覚に陥る。耳も遠いようだが、辛抱強く声掛けをしているうちに、わたしたちのことを思い出したようで「わざわざ東京から来たの? すみません」と繰り返した。そのうち、しだいに顔に生気がもどるのを感じた。

 

座敷牢のような暮らし

 

驚いたのは、幸子さんは世間の人とまったく接することなく、この部屋から一歩も出ずに、数年間暮らしていたという事実だ。「さみしくない?」と聞くと、友達も知り合いもいないが平気だと言う。きっと、長い間、そういう暮らしをし続けてきたから平気なのだとわたしは解釈した。

 

料理はしない。食べ物は誰かが持ってきてくれているらしい。誰かとたずねてもはっきりしない。認知症も少し入っているようだ。支払いは? と聞くと、お財布も通帳も見たことがないけど誰かがやってくれているのね、わたしってのんきなの、で終わり。ちゃぶ台には食べかけのミカンとパックに入ったお寿司がある。お菓子もある。誰かがコンビニで買って、置いていったようだ。

 

最近、ひとり暮らしの高齢者の遺産を狙う終活関係者やなんとか書士が多いと聞く。息子のいる高齢者は「オレオレ詐欺」に注意が必要だが、ひとり身の高齢者が警戒すべきは、オレオレ詐欺よりも遺産狙いの詐欺の方だ。

 

幸子さんの通帳もおそらく、そういう人が管理しているにちがいない。だいたい推理はついたが、わたしたちは追跡しないことにした。なぜならわたしはコナンではないし、頼まれたわけでもないからだ。しかし、幸子さんと同じひとり身のわたしは、90代でひとり暮らしすることに恐怖をおぼえた。タクシーでホテルに戻り、スタッフとビールとピザで労をねぎらったが、いつものようにはしゃぐ気にはなれなかった。

 

次ページ人はその人が生きてきたように死ぬ

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