「視力が良い=遠くも近くも見える」の理屈は間違い?
視力が低いというのは、ほとんどの場合が近視です。つまり、近くの物ははっきり見えるけれど、遠くの物はぼやけて見える状態です。これとは逆に、実は遠くの物ははっきり見えるけれど、近くの物がぼやけて見えるという子どももいるのです。
あまり知られていませんが、視力には遠くを見る「遠見視力(えんけんしりょく)」と、近くを見る「近見視力(きんけんしりょく)」があります。
例えば、教室で離れた席から黒板の文字を見るのに必要なのが遠見視力、ノートや教科書など目から近い距離を見るのに必要なのが近見視力です。この遠見視力と近見視力の両方を使って、私たちは日常生活を送っています。
近年は、パソコンやタブレット端末の普及によって学校でも情報通信技術を活用した「ICT教育」が推進されています。例えば、教室でプロジェクターに図表などを拡大投影して分かりやすく見せたり、パソコン教室でインターネットを使って調べる学習をしたりするほか、海外の子どもたちともつなげて交流を図ったり、情報交換をしたりするといった試みがされています。
これによって近い将来、黒板中心の学習形態からタブレット中心の学習形態に変わってくると思われます。生徒一人ひとりにタブレットを配付し、手元のタブレットを見ながら授業が進められるという具合です。そうなると教科書も必要なくなるので、ランドセルもいらなくなり、おじいちゃん・おばあちゃんが孫にプレゼントするとう楽しみも奪われてしまう日が来るかもしれません。
ところが問題は、タブレットの画面の文字を判読できない子どもがいることです。「それは極度の近視でしょ」と皆さんは思うかもしれませんが、このような近見視力の低下した子どもが見過ごされている状況にあるのも事実なのです。
特に今年は、新型コロナウイルスの影響で休校となり、子どもたちの授業が遅れてはいけないからと、自宅にいる子どもたちと先生によるオンライン授業を進める学校も出てきました。このような授業形態が、今後も本格的に増える可能性があります。
そうなれば、ますます子どもたちは近くの物ばかりを見る状況となり、視力低下が加速するのではないかと危惧されます。
学校では、毎年春になると視力検査が行われていますから、そのときに視力が低下していれば見つけられると誰もが思っていることでしょう。
しかし、学校で行われる視力検査は“学校教育を円滑に進める”ために、教室のどの席からでも黒板の文字が見える視力をもっているかを測るものです。それは、5mの距離から行う遠見視力の検査ということになります。
つまり、通常は視力というと、遠くの物を見分ける力を指します。ですから視力が良いということは遠くがよく見えることであり、遠くがよく見えれば当然、近くもよく見えているはずだという理屈です。実は、ここが盲点になっているのです。
こうした思い込みの結果、遠見視力は良くても、手元を見る近見視力が低いケースが見逃されてしまいます。
大人の場合は、例えば老眼のように、以前は見えていた物が見えにくくなれば、「おかしい」と自覚できます。しかし、近見視力が良くない子どもの場合は、そもそも「はっきり見える」という経験がなく、近くもよく見えないのが当たり前な状態です。
また、物の見え方はほかの人と比較することもできません。ですから、近くがぼんやりとか見えていなくても、それを異常とは思わず、普通のこととして受け入れているので本人さえ気づいていないのです。
実際に、視力0.3の子どもでも「見えているの?」と聞くと、「見えている」と答えます。しかし、その子の目に合ったメガネをかけさせると「よく見える!」と驚き、メガネを外すと「全然見えない」と言います。
つまり、メガネをかけて初めて正しい見え方を知ります。その正しい見え方と、今まで自分が見ていたものを比較して、ようやく自分の見え方の異常に気づくというわけです。
なぜ近見視力の不良が問題になるかというと、単に教科書の文字が見えづらいだけではないからです。
一般的に、私たちの目は遠くを見るときより、近くを見るときのほうが緊張しています。近見視力が不良の子どもは、普通に見えている子どもに比べて、近くを見るときにさらに緊張を必要とします。
これによって、教科書が読みづらいからと授業についていけない、体育の授業でボールが飛んできてもキャッチできないなど、学習や運動の能力を発揮できなくなるケースが実際にあります。
読書や漢字の書き取りなどが苦手な子どもは、学習能力が低いのではなく、目の異常が原因かもしれません。遠見視力を測る視力検査では正常と判断されても、注意深く観察し、目の異常がないか見極める必要があります。
星合繁
ほしあい眼科院長
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